令和の新時代へ受け継がれていく地域の繋がりと伝統芸能〜石原のささら獅子舞〜

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取材・記事 白井紀行   川越に春の訪れを告げる「石原のささら獅子舞」。 4月14日(日)の朝8時すぎに石原公民館を訪ねると準備は佳境でした。   衣装に着…

地元だからこそ伝えたい地域の誇り〜映画『武蔵野』川越(霞ヶ関)地域上映会〜

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取材・記事 白井紀行   川越市・所沢市・ふじみ野市・狭山市・三芳町の五市町は三富と呼ばれる地域。 この辺りでは、伝統的な「落ち葉堆肥農法」が360年以上続けられています。 火山灰に覆われ作物が育ちにくかった武蔵野台地。 荒地の開発のため川越藩は農家の人たちに木を植えさせ平地林を造成させました。 この平地林を「ヤマ」と呼び落ち葉を畑の堆肥にして還元する江戸時代からの伝統農法。 都心近郊の広い地域で落ち葉堆肥農法が守られているのは奇跡的だと言われるほど。 それを後世に伝えるため製作されたドキュメンタリー映画「武蔵野」。 原村政樹監督が3年の歳月をかけ、2017年11月に完成しました。   2018年は埼玉、神奈川、新潟、大阪、兵庫、京都など各地で上映を実施。 この映画を地元でもっと応援しようと企画されたのが地域上映会。 1月27日(日)に川越市南文化会館(ジョイフル)で開催され150名を動員。 続いて、2月3日(日)に川越市西文化会館で開催されました。   上映会準備 映画の上映は10:00と13:00の2回に加え原村監督のトークショー。 ロビーでは千木良宣行氏の武蔵野「絵画展」。 地元農家のお米の販売やかわごえ里山イニシアチブの活動紹介も行われる。 これを支えるために集まったボランティアスタッフは17名。 映画「武蔵野」プロデューサーの鈴木敏夫氏が1日の流れや割り振りを説明します。   開場まで1時間あまり、スタッフ総出で会場設営。 ロビーに受付用の机を並べ、案内板、ポスターを館内各所に貼っていきます。   こちらは霞ヶ関地区で江戸時代から米作りを行っている「三村農園」ブース。 籾殻、糠、藁といった米作りの副産物を堆肥とした農法を行っています。   当ブログではお馴染みの「かわごえ里山イニシアチブ」 活動の紹介と乾燥マコモとマコモ茶の販売。   受付の準備も整いました。   開場しました 9時半の開場時間となり前売りチケットを持ったお客さんが続々と来場。 原村監督も受付に立ちお客さんを出迎えます。   上映時間が近づくにつれ徐々に客席も埋まってきました。   満員とはいきませでしたが、まずまずの入り。   上映にあたって(挨拶) 本日、司会を務めるのは鈴木プロデューサー。 昨年の3月には川越スカラ座を始め、大阪、神戸、京都でも上映したことを紹介。 今年も多くの人に見てもらいたいとあちこちに働きかけているのだそう。 3月には「ポレポレ東中野」の上映が決まりました。   続いて、今回の上映会の集客に尽力したスマイリーのぶさんが登場。 東武東上線霞ヶ関の西側にある角栄商店街のそばに生まれたまさに地元人。 地元を元気にしようと活動をしてきた中で、原村監督と出会ったこと。 チケット販売に日頃親しくしてもらっている飲食店にご協力いただいたこと。 会場を見渡せば見知った顔ばかり。地元で上映できる喜びに溢れた挨拶でした。   スクリーン一杯に武蔵野の美しい平地林が広がり映画が始まりました。 一家総出で落ち葉を集めて堆肥にし農作物を育てる農家の様子。 開発の波に呑まれ木が切り倒され倉庫や産廃置き場へと変わる現実。 平地林を守る活動、切り倒した木を使った家具の制作...。 どんなに時代が変わっても、変えてはならないものがある 武蔵野の自然と四季の映像とともに監督からのメッセージが描かれています。   オーケストラの荘厳な音楽とともにエンドロール。 作品の完成には、市民プロデューサーと呼ばれる多くの支援者も関わりました。   記者もReadyforのクラウドファンディングで協力。 スクリーンに自分の名前が乗るという初めての経験でした。   武蔵野を語る(トークショー) 上映が終わると原村雅樹監督と音楽を担当した鈴木光男氏が登場。 映画についてのトークショーがスタート。   原村雅樹…

100円玉で引き出せ商店街のポテンシャル!〜かすみがせき100円商店街〜

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取材・記事 白井紀行   東武東上線霞ヶ関南口から徒歩5分ほどにある「かすみ北通り」。 この生活道路沿いには「かすみ商店街」と「角栄商店街」が軒を連ねる目抜き通り。 昔懐かしい昭和レトロな光景が今も残ります。   ノスタルージーな雰囲気に浸れる街。 といえば聞こえは良いですが、現実的にはシャッターを下ろした店も目につく。 観光地でなく街全体も高齢化が進むのは否めない。 だけど、この街にはまだまだポテンシャルを秘めているはず。 商店街の賑わいある姿を見せれば、人は集まりこの街も変わっていくのでは。 その思いから約1年がかりで企画・構想をまとめた「100円商店街」   目玉となる100円の商品を置くことで、足を止めてお店の中に入ってもらう。 通り過ぎるだけだったお店に興味を持ってもらい、店主と会話を交わす。 「街バル」「街ゼミ」とともに商店街活性化の3種の神器として注目されています。   3人の呼びかけに集まった地域住民、商店街の店主、霞ヶ関を愛する人たち。 街ゼミやFacebook(かすみがせきを元気にする会)…

プログラミング思考を身につけた子どもたちが見せる未来への片鱗〜codience プログラミングプレゼン大会(第二部)〜

取材・記事 白井紀行   小学校では2020年から「プログラミング教育」が必須になります。 これに先立って、今、各地でプログラミング教室が始まりました。 川越にある「キッズ…

プログラミング思考を身につけた子どもたちが見せる未来への片鱗〜codience プログラミングプレゼン大会(第一部)〜

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取材・記事 白井紀行   小学校では2020年から「プログラミング教育」が必須になります。   プログラミング教育とは? 子供たちに、コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験させながら、将来どのような職業に就くとしても、時代を超えて普遍的に求められる力としての「プログラミング的思考」などを育むこと。 プログラミング的思考とは? (コンピュータを使って)自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力。 「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について」から引用 CやJAVAといった特定のプログラミング…

五穀豊穣と子供の成長を願う〜県指定文化財「古尾谷八幡神社のほろ祭」〜

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取材・記事 白井紀行   9月16日(日)古尾谷八幡神社の神幸祭「ほろ祭」が行われました。 毎年、天候や用事で行けなかったのですが、今年、ようやく取材ができました。 同神社は古尾谷庄(古谷地区と南古谷地区)の総鎮守となっています。   「ほろ祭」は平安時代から続き、県から無形民俗文化財に指定されています。 古尾谷本郷で生まれた上組・下組の8〜9歳の長男が参加する元服式の一種。 ホロと呼ばれる薄桃色の紙花の付いた傘状のものを背負って左右と回転します。 ホロを背負う男の子は「ホロショイッコ」と呼ばれます。   古尾谷八幡神社とは? 記者は、古尾谷八幡神社自体、訪れるのが初めて。 ほろ祭が始まるまでの間、同社を紹介することにしましょう。   同社は貞観4(863)年、比叡山延暦寺第三代坐主僧「円仁」が創建したもの その後、源頼朝、藤原時景、北条氏政、徳川家康と歴史に名だたる人の手によって再建が行われ、現在の本拝殿末社は享保7(1722)年に氏子らによって再建されました。   創建 清和天皇の御代貞観4(863)年、比叡山延暦寺第三代坐主僧「円仁」来たり法を修するの時、神霊を感じ神社を建て、これを天皇陛下に申し上げ「石清水八幡大神」の分霊を奉じ来りてお祀りした、天皇陛下は詔(みことのり)を下され古尾谷庄の税を免じ祭祀の資にあてられたのが当社の始まりで社殿も壮麗に造られた。当時古尾谷庄は石清水八幡宮の荘園であった(パンフレットより)   こちらの案内板も併せてご覧ください。   平成26年に社殿修理工事を終えたとのことで、建物の装飾は色鮮やか。       しばし、その荘厳さ美しさに圧倒されていました。   ほろ祭でなくともこの神社を見に来るだけでも価値があります。   本殿拝殿末社(旧本殿)も県指定文化財となっています。   参道には屋台が立ち並んで賑わい、地区のお祭りという雰囲気を感じます。   祭典 13時になると艶やかな衣装に身を包んだ神職が姿を見せました。   拝殿横に設えられた祭壇で祭典が始まりました。     その後、参列者らは拝殿の中へ、一人一人お祓いを受けます。   氏子らは拝殿の外で直立不動で待たれていました。   2時ごろからは特に動きもなく、まったとした時間だけが流れます。 この間は、ホロを背負うホロショイッコは近所に挨拶回りをするそうです。   ホロショイッコの到着 15時になると神職が再び参道へ。ここから祭は急に慌ただしくなります。   提灯を持つ先導の二人に続いて、四人の子供巫女がやってきました。   その後ろに薄桃色のホロを背負ったホロショイッコが続きます。   さらに笛や太鼓も賑やかに屋台囃子が子供達に引かれてやってきました。   屋台囃子は境内の庭をぐるりと回ってしばし待機。   陣羽織に腹掛け・手甲・脚絆・黒足袋のいでたちのホロショイッコら。 顔には化粧が施され、頭にはハチマキを巻き凛々しい姿。   ホロショイッコと子供巫女は拝殿でお祓いを受けお守りを頂きます。   お祓いを受けたあと拝殿を背に整列。   御旅(みたび)へと出発 神幸祭において、祭神(お神輿)が巡幸の途中で休憩や宿泊する所。 或いは、目的地を「御旅所」といい、神社からは100mほどのところにあります。 天狗(猿田彦)を先頭にホロショイッコ一行が御旅へと出発します。   資料や過去のYouTubeを見ると二頭の獅子頭が先頭に立っていたようです。   それに続くのは榊(さかき)。   太鼓。背後にはお神輿が見えます。   櫃(ひつ)・鉾(ほこ)   そして、錦旗(きんき)   ホロを背負うホロショイッコ。   ホロは36本の竹ひごに薄桃色の紙花をつけたものを籠に指したもの。 籠の中には重り石と鈴が入っているので小学生には結構な重さだとか。   上組二人、下組二人のホロショイッコに続いて祭神を乗せたお神輿。   弓を持った右大臣、左大臣。   赤い傘の下に神官   子供巫女の後ろに楽人(屋台囃子)、氏子総代、崇敬者が追いかけます。     ホロのお練り 御旅の中で両親や親族らを始め見物客の前で披露されるのが「お練り」   「1、2の3、ヨイショ」という周りの掛け声に合わせて六方を踏む。 片足を軸に180度体の向きを反転します。   ホロは籠に仕込まれたチリンチリンと鈴の涼やかな音とともに左右に回転。 ほろ祭の最大の見どころです。   ホロが回るたびに歓声があがり、シャッターの音が途絶えません。   ホロショイッコの体力に合わせて、所々、休ませながら、進む一行。   賑やかな屋台囃子もそれに続きます。   御旅所 30分ほどをかけて一行は御旅所に到着。   神輿は祭壇に祀られ扉の前の幕が外されます。   米・酒・魚・野菜・果物・塩・水等の神饌を奉納。     祝詞を読み上げます。頭(こうべ)を垂れる参列者ら。   神職、地元の代表者に続いて、ホロショイッコによる玉串の奉納。   子供巫女も一人一人玉串を奉納。その後、親御さんの代表者が奉納します。   先ほど、捧げた神饌を下げていきます。   お神輿の扉の幕を下ろされ、今年のほろ祭も無事に執り行われました。 INFORMATION 古尾谷八幡神社のほろ祭 【開催】平成30年9月15日(日)13:00〜16:00/毎年敬老の日の前日 【場所】古尾谷八幡神社(川越市古谷本郷1408) 【HP】県指定文化財…

木桶に込められた22世紀へのメッセージ〜笛木醤油12代当主襲名式と創業祭〜

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取材・記事 白井紀行   20石の大桶づくり 寛政元(1789)年に創業して以来、木桶で発酵・熟成させる伝統的な醤油作りを守り続けている笛木醤油株式会社(川島町上伊草)。 木桶を使って醤油を作っているのは今や醤油業界の1%以下。木桶職人も全国で60人ほどで高齢化も進み、このままでは、木桶で醤油を作る文化が途絶えてしまう。その危機感から笛木醤油では一昨年から木桶づくりを始めています。 詳しくは、こちらの記事をご覧ください。 未来へ繋ぐ100年プロジェクト「新桶初しぼり」完成〜…