令和の新時代へ受け継がれていく地域の繋がりと伝統芸能〜石原のささら獅子舞〜

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取材・記事 白井紀行   川越に春の訪れを告げる「石原のささら獅子舞」。 4月14日(日)の朝8時すぎに石原公民館を訪ねると準備は佳境でした。   衣装に着…

思い思いの装いで大正ノスタルジーを楽しもう〜第4回大正浪漫的仮装デー〜

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取材・記事 白井紀行   大正浪漫を彷彿とさせるレトロな建物が連なる「大正浪漫夢通り」。 思い思いの色付けがされた鯉のぼりが泳ぐ光景は川越の春の風物詩です。   その通りにある「マドモアゼルルゥルゥ」。刺繍教室と手作り帽子のお店。   こちらの主催で3月30日に行われた「大正浪漫的仮装デー」。 川越のレトロスポットを大正浪漫的な装いで散策する参加型イベント。 春と秋に開催されていて、今回で4度目となります。   集合時間の12時半になると徐々に参加者が店へと集まって来ました。 大正時代は日本の都市部ではライフスタイルの洋風化が進んだ時代。 建築やファッションも和洋折衷の趣きがあり大正浪漫と呼ばれました。 それぞれが思う大正浪漫スタイルでの参加です。   刺繍作家のシマズさん、帽子作家のマツモトさん、イラストレータのオカベさん。 挨拶をして本日のプログラムを紹介します。   散策に同行する撮影隊は、4人と本格的。 要所要所で撮影した写真は、後日、写真集として製本されます。   マツモトケイコさんのナビゲートで大正浪漫夢通りを進む一行。   シマノコーヒー…

平成に築かれ令和の未来へと繋ぐ新たな道〜<祝>県道160号川越北環状線開通!〜

取材・記事 白井紀行   中心街を迂回して国道254号と16号線を結ぶ県道160号川越北環状線。 平成元年に都市計画が決まり、平成4年から用地買収、平成7年に事業開始。 平成20年に今成2丁目〜寺山まで、平成21年に寺山〜福田までが開通。 そして、平成最後の年に今成2丁目〜今成が完成し全線開通となりました。   その記念式典が今成小学校で開催されたので参列してきました。   開通記念式典次第。   壇上には来賓の方々が着席。 国会議員、警察署長、鉄道会社、市議会議員、自治会長、事業協力者。 用地を提供した財産提供者らなど大勢の方が参列されています。   式典に先立って、今成小学校吹奏楽部による演奏。 米津玄師「打ち上げ花火」、Alexandros「ワタリドリ」、GReeeeN…

川越と東秩父村のご縁を結ぶ伝統の和紙「細川紙」〜東秩父SELECTION#2〜

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取材・記事 白井紀行   大勢の観光客で賑わう一番街を抜けて更に北へ。 縁結びの神様で知られる氷川神社へと向かう交差点の角にある「旭舎文庫」   中に入れば一足早く満開となった桜(取材日は3月10日)。   お祝い事には欠かせない白の胡蝶蘭。   初夏を思わせる紫陽花の鉢植え。   結婚式に華やぎに彩りを添える薔薇の花々。 色とりどりの花が目を楽しませますが、季節外れの花は一体!?   実はこれらは「細川紙」と言われる和紙でできた花。 「細川紙フラワー」と呼ばれています。   「細川紙フラワー」は再現性が高いのでパッと見では本物に見えてしまう。 外から見た時にお花の展示をしているのかしら? そう言われる方も多いです。と素敵な笑顔で話すのは案内頂いた西さん。   東秩父村の魅力を川越でPR 「東秩父村」は埼玉県では唯一の村。 川越市から見て北西の方向に位置し、車で約1時間の距離にあります。 村をPRし身近に感じてもらおうと企画されたのが「東秩父SELECTION…

川越特急お出迎えイベント&池袋・川越アートトレインの原画展

取材・記事 白井紀行   都内へ行く川越市民の足、都内から川越に来る観光客の足、東武東上線。 1月17日付のニュースリリースで3月16日のダイヤ改正が発表されました。 それと同時に発表されたのが2月12日に「池袋・川越アートトレイン」の導入。 そして、何と言っても注目は、新種別の「川越特急」の誕生! 楽しみにしていると取材の依頼が来ましたのでお伺いしました。   会場はコンコースに設けられた特設ステージ。 駅の鐘の前にはレッドカーペット敷かれ足元看板が置かれています。   3月16日のこの日は、上下合わせて8本のアートトレインが川越駅を発着。 うち2本が「川越特急」になるようです。 ※「川越特急」は、土休日が下り2本上り4本、平日が下り2本上り3本の運行。   そんな晴れがましい門出の日ですが心配事が一つ。 下赤塚で7時45分に事故が発生して池袋〜和光市間は運転見合わせ。   9時には運転は再開し、川越到着は遅れそうなものの式典は予定通り開催。 スタッフの皆さんは着々とリハーサルを進めていました。   取材陣は広報の方に式典の流れについて説明を受けた後、下りホームへ。 まもなく、やって来る川越特急を出迎える段取りの確認です。   停車時間は50秒。ホームの端に台が設えてあって、そこから撮影。 フラッシュを焚かないようになど安全上の諸注意も伝えられます。   階段の両壁には「川越特急」のポスターがずらり。デビューに花を添えます。   記念式典が始まりました 10時、オープニングの音楽が流れ式典が始まりました。 コンコースには式典を見に集まったたくさんの人。   最初の挨拶は東武鉄道の田島管区長。 本日デビューの川越特急、川越の四季や景色で包まれたアートトレインの導入。 川越駅と川越市駅の発車メロディが新しく変わることを案内。 これからも各所と連携し「川越を彩る」をテーマに東上線と地域価値の向上。 川越観光イコール東武東上線というイメージを浸透させたいと結びました。   続いて川合…

東京2020に向けて〜笠幡駅駅前広場供用開始&デマンド型交通スタート〜

取材・記事 白井紀行   今日はJR笠幡駅で駅前広場供用とオンデマンド交通の開始を記念する式典の取材。 記者の最寄駅は東武東上線「霞ヶ関」駅。 10時の式典に間に合うルートを調べると川越シャトルがヒット。 市内の主な移動は自転車と電車で路線バスも使いますが川越シャトルは未経験。 交通に関する取材でもあり、ちょうどいい機会と思い乗車してみました。   川越シャトルに乗ってみました 乗車するのは11系統。霞ヶ関駅北口〜伊勢原団地〜西後楽会館というルート。 (こちらにて経路と時刻をご覧下さい。▶︎川越シャトル10・11系統…

川越の民俗芸能を日本へそして世界へ発信!〜石原のささら獅子舞(レクチャー公演)〜

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取材・記事 白井紀行   川越では多くの民俗芸能が各地で受け継がれています。 ウェスタ川越ではそういった民俗芸能を紹介する公演を2015年から開催。 今年は「石原のささら獅子舞」が演目として選ばれました。   小ホールに入ると右手には衣装展示がされていました。 この公演には川越の伝統芸能を日本や世界にSNSで発信する目的もあります。   13時30分の開場とともに観客が入場。小ホールは満席となりました。 「ささら獅子舞」への関心の高さが伺えます。   会場の照明が落とされ、昨年の様子を記録した映像が始まりました。   「石原のささら獅子舞は慶長12(1607)年に始められたと伝えられ、寛永11(1634)年川越城主酒井忠勝が若狭小浜に国替えの際、雌雄2頭と舞人を伴ったため中断したが宝永6(1709)年に太田ヶ谷(現鶴ヶ島市)に習って復活したと伝えられる」。 歴史や天狗や山伏の役割、祭事の流れなどがまとめられていて理解が深まります。   ささら獅子舞の演舞 背後から法螺貝が鳴り「ささら獅子舞」の行列が入場。   笛の音とともに観客の間を通り前方のステージへと向かいます。   ささら獅子舞の演舞が始まりました。   この公演は写真や動画撮影がOK。 皆んなが一斉にカメラ、スマホ、ビデオを構えます。   1回の舞は一庭(ひとにわ)と数えられ、12切りという12の場面があります。 大きな区切りが終わると大きな拍手が送られます。   第9場面はささら獅子舞の見所、雌獅子隠しの乱舞。 大きな拍手とともに一庭の演舞を終えました。   江田会長の挨拶 演舞の後は「石原のささら獅子舞保存会」の江田会長がステージへ。 「石原のささら獅子舞は慶長12(1607)年に始められたと伝えられ、ひとり立ち三頭形式の獅子舞で関東地方から東北地方にかけて広く分布しています。川越の由緒ある獅子舞をごゆっくりご覧ください。」と挨拶されました。   スライドショー 照明が落とされて貴重な絵や写真が映し出されました。   三澤氏による解説(よもやま話) スライドショーが終わると保存会の三澤氏による解説。 ささら獅子舞に関する数多くの資料の中から、かいつまんだよもやま話です。   石原のささら獅子舞の始まりや、神社でなく観音寺というお寺で行う由縁。 そして、入り口近くに展示してある衣装についての話しがされました。 こちらは山の神が着る古代肩衣の背面。 立体的な唐獅子牡丹は刺繍で、これはもう作れないそうで文化財級。 当時の人たちの財力の高さが伺えます。   こちらは子どもらが身につける衣装。 左が女の子が着るもので絹、右が男の子が着るもので真岡木綿で出来ています。 今の衣装は30年前に作り変えたもの。一番細い絹糸を使った反物を使っています。 現在は、反物も入手が難しく刺繍の代わりに生地を買って縫製にしているそう。   舞だけでなく、衣装や小道具に到るまで守り続けていかねばならない。 民俗芸能を続ける大変さがわかります。   獅子の舞は元々は旦那さんの道楽で浮立(格好付け)の踊り。 太鼓踊りに囃子を付けたのが始まりで、それが農村で発達したと考えられる。 旦那衆の端唄などの洒落者を取り入れていること。 石原のささら獅子舞では雌獅子隠しで先獅子と後獅子が争ったあと仲良くなる。 初めから終わりまでドラマ仕立てにしているのも見所ですと結びました。   体験コーナー 続いては、普段は触れられない獅子頭などを身につける体験コーナー。 ちなみにこの獅子頭、作り変えた記録が無く310年前に寄贈されたそのものだそう。   獅子を持つと想像以上の重さに驚きの感想 「頭だけでなく体全体を使わないと触れないんです」と解説が入ります。   こちらの女性からは獅子舞の角についての質問。 角は雄の先獅子、後獅子にあり自分を誇示するもの。もっと長い地方もあるとか。   獅子頭を体験した方との記念撮影タイム。 獅子舞の踊りには、子どもの悪魔払い、安産、子育て祈願も込められています。   続いては、獅子が身につける太鼓の体験。 みなさんシャイなのかなかなか手が上がりません。   石原町で民泊を営む恵比寿屋の溝井さんが手を上げて挑戦。 太鼓の叩き方を教えてもらいポーズを決めていました。   簓(ささら)と言われる日本最古の楽器。 青竹が多く使われますが石原の簓は竹に漆を塗り牡丹の絵柄が描かれています。   簓は36に割ったささら竹と12の刻みを付けたささら子を擦り合わせて音を出す。 この数字には山岳宗教や仏教の教えが凝縮されています。   花笠についての解説。背面に座布団が付けてあり元々は頭に被るものでした。 しかし、石原町では舞を踊るのは旦那衆でささらっ子は大事なお嬢さん。 頭に重いものは乗せられないと経済が発展した江戸後期からは持ち役ができました。   ささら獅子舞はかつては1時間ほどの舞でしたが今は25分くらいになっています。 花笠を持つのは余所から来た人やお婿さんの役割でした。 交代はおらず1時間持ちっぱなし。簡単だけど大変な作業を新参者に割り当てる。 これによって仲間に迎える習わしがあったそうです。   観客から花笠の上についた飾りについての質問が出ました。 飾りは太陽(日輪)と月。花笠の下のささらっ子は祭の日は神様になります。 桜が満開の大草原で踊っていることを想像してもらえればとのことです。   獅子になる3人の踊り手と山の神が登場して着替えの様子を解説。   これは手首足首に付けるピンコロというもの。 「ピン」は新しい「コロ」は頃合いまで魔よけの役割があります。   手甲の上に巻きます。歌舞伎の流行りを取り入れたという説もあるとか。   山の神の衣装は50年位前は11〜12歳の男の子が着ていました。 今は体格が良いので着物の大きさ、袴の長さは8〜9歳が合うのだそうです。   背中をくるりと向けると唐獅子牡丹。 司会に「重いですか?」と聞かれると「軽いです」と会場の笑いを誘っていました。   獅子頭にはクッションとして藁が詰められています。 これが無いと頭が痛いのだそう。踊り手の交代の度にさらに詰め込みます。   獅子頭は大きく振り回すので2〜3人がかかりでガッチリと固定。 喋れないくらいきっちりと締めるので翌日は顎が痛くなるそう。   水引を被せて獅子が完成しました。   踊り手は水引で全く前が見えない状態で踊ります。   神様に仕えるため、お神酒で身体を清める。 この後、拍子木が打たれ舞の準備ができたことが告げられます。   ささら獅子舞の演舞(半庭)   ささら獅子舞では一庭半を舞ってその日の祭事を終えます。 これは半庭を翌年に残すという意味があります。   山の神が回ればそれに合わせてゆったりと回る三頭の獅子。 踊りの緻密さ、優雅さに改めて感動させられます。   半庭が終わって終演、観客からは惜しみ無い拍手。 「石原のささら獅子舞」を続けてきた人々の思いを感じられたのでは無いでしょうか   「千秋楽の〜♪」と終わりを告げる唄   保存会の内田氏から観客やウェスタ川越のスタッフ、裏方へのお礼。 今年は陰まつりで4月14日(日)に観音寺で行われることを案内。   最後は、祭礼が無事に納まったことを祝って全員で手締め。 シャンシャンシャン、シャンシャンシャン、シャンと川越ならではの7つ締めです。   今年の「石原ささら獅子舞」は4月14日(日)に石原町の観音寺で行われます。 400年以上も伝承されて来た民俗芸能を見に、是非、お越し下さい。 カワゴエ・マス・メディアでも当日の模様を取材する予定なのでお楽しみに! INFORMATION 石原のささら獅子舞(レクチャー公演) 【開催】平成31年2月11日(月・祝)14:00〜16:00 【場所】ウェスタ川越小ホール(川越市新宿町1-17-17) 【主催】ウェスタ川越…

”2019年版”あなたはどちらから?ようこそ川越へ!~川越駅・川越市駅・本川越駅~

  取材・記事 本間寿子   川越の観光客数についてこんな新聞発表がありました。 川越の観光客、734万人で過去最高 テレビ番組の放映増も要因か 外国人も過去最高、さらに増加も見込む (埼玉新聞のサイトより) この記事によると、昨年(2018年)は天候にも恵まれたことも要因のようです。蔵の街に行くと、曜日にかかわらず本当に多くの観光客の方が行き交っています。 2014年に「あなたはどちらから?ようこそ川越へ!~川越駅・川越市駅・本川越駅~」の記事を書いた時は、こんなに急激に川越が観光客でにぎわうとは思ってもみませんでした。 さらに、こんなニュースも発表になりました。 「川越特急」東上線に新設…

地元の人の手で守り続けられる五穀豊穣の神事〜老袋の弓取式〜

取材・記事 白井紀行   立春が過ぎ暦の上では春を迎えましたが、この日は凍えるような気温。 2月11日の建国記念の日に下老袋氷川神社で「老袋の弓取式」の神事が行われました。 昨年は事情で伺えなかったので2年ぶりとなります。   神社の入り口に掲げられたこの幟。「勝海舟」の書なのだとか。   境内で神事の開始を待つ参列者、地元の人、アマチュアカメラマンら。 「今年は寒いねぇ」という言葉が飛び交います。   神社の外では保存会の皆さんが準備に勤しんでいました。   弓取式の神事が始まりました 9時半になり鳥居をくぐって弓取り式の行列が参道を進むます。   宮司を先頭に氏子総代、地区総代、ユミトリッコと呼ばれる氏子の長男が続く。 今年は下老袋から6歳、上老袋から10歳と11歳の3人がこの神事に参加しました。   「弓」と「矢」、そして「的」となる竹。   甘酒の入った樽。   豆腐に味噌を塗った豆腐田楽。 古来の流儀に則(のっと)り進んでいきます。   豆腐田楽は一度、拝殿へと運び込まれ、参列者が席を埋めていきます。   拝殿から出て来て宮司が、大幣(おおぬさ)を降って見物客もお祓い。 その後、五穀豊穣を願う祝詞が始まりました。 参列者の名前を一人ずつ呼んでの祈祷が行われます。   その傍らでは、竹を組み合わせて的を作ります。   白い紙に黒の同心円が描かれた的。 白と黒のどちらに刺さった矢が多いかで今年の天候を占います。 「昨年は真ん中に2本矢が刺さったので台風が2回来た」 そんなこともおしゃっていました。   祝詞が終わり用意された席に着く参列者ら。   祭主となる宮司と、ユミトリッコの代理で弓を引くユミトリの紹介。 ユミトリは下老袋、上老袋、中老袋、上老袋、東本宿の地区総代。 そして、下老袋の氏子総代の5人からなり、世話人と呼ばれます。   待ち兼ねるカメラマンのために撮影タイム。 カメラやスマホのシャッター音が響きます。   春夏秋の3つの季節ごとに一の矢、ニの矢、三の矢と3回放たれます。 まずは、春の天候を占います。   バシッ!バシ!と的に矢が当たれば、見物客から「おおっ!」とどよめきの声。 3回目の結果、白い部分に当たった矢が多いようです。   的に当たった矢はすぐに回収してユミトリの元へ。   続いて、夏の天候を占います。   3回目の結果、黒の方が多いでしょうか?   最後は秋の天候です。   3回目の結果、黒い部分に当たった矢が多いようです。   集計の結果が紹介されました。 「春」黒い部分が白い部分が多かったので晴れの日が多い。 「夏」黒い部分が多く白い部分が少なかったので雨の日が多い 「秋」黒い部分が多く白い部分が少なかったので雨の日が多い。 ということは、今年は比較的雨が多く降るのでしょうか?   矢と的は縁起物、魔除けの利益があり子どもが丈夫に育つとされています。   祭事が終わると境内に人が集まり紙コップが配られ始めました。   老袋の弓取式は別名「甘酒まつり」と言われ奉納された甘酒が振る舞われます。 冷えた身体に温かい甘酒が染み渡ります。   そして、豆腐の味噌田楽のご相伴に預りました。 甘酒と味噌田楽を頂くことで一年間に元気に過ごせるそうです。   くらづくり本舗の「明治20年…