山の日に川越で富士山に登ってみた〜富士塚①本庁・霞ヶ関・大東地区〜
昨年制定されたばかりもあって今ひとつ馴染みの無いのが8月11日「山の日」。
でも、せっかく制定されたのだから「山」に因んだことを何かしたい。
調べると富士山のミニチュア「富士塚」が市内の神社に点在しているのを見つけました。
【HP】http://fujisan60679.web.fc2.com/saitama.html
というわけで、8月11日〜13日の3日のロケを敢行。2回に分けてその全てを紹介します。
‖ 川越氷川神社(富士講の碑)
川越では「お氷川様」として親しまれる神社。
古墳時代の欽明天皇2(541)年に創建されたと伝えれられ約1,500年の歴史があります。
毎年10月の第3土日に開催される「川越まつり」は、川越氷川神社の祭礼です。
境内では、9月10日まで夏の風物詩「縁結び風鈴」が催され賑わってました。
絵馬トンネルを抜けたところに境内社がずらりと並びます。
川越氷川神社で山らしいといえば、その中にある御嶽神社ですが、
江戸時代に流行した民主信仰の一つで富士山を崇拝する人々によって組織された「富士講」。
開祖である長谷川各行と6代目の食行の名前が刻まれた「烏帽子岩」がありました。
また、写真にはありませんが富士山の土台となった山を祀る「小御岳神社」も隣にあります
IMFORMATION
【住所】川越市宮下町2-11-3
【HP】http://www.kawagoehikawa.jp/
【FB】https://www.facebook.com/hikawa.kawagoe/
【参考】http://www.komainu.org/saitama/kawagoesi/hikawamiya/hikawamiya.html
‖ 富士見櫓跡
川越城は長禄元(1457)年に太田道真・道灌によって築城。
その本丸西南の隅櫓として築城当初に建てられた三重の櫓が「富士見櫓」
城内第一の高所として天守閣の代わりを務めました。
ふうふうと言いながら階段を上がる。それなりの高さがあるので山登りらしい?
頂(いただき)には、櫓の面影はなくちょっとした広場となっています。
今は木々が生え周も高いビルばかりですが、往時は遠くまで一望できたのでしょうね。
富士見櫓の名の通り富士山もきっとよく見えたのでしょう。
頂上付近に御嶽神社と浅間神社が祀られ、毎年7月13日には「初山祭」が行なわれます。
さらに浅間神社の先を進むと「冨士見稲荷大神」があります。
こちらでは、毎年5月5日に「冨士見稲荷大祭」が行なわれます。
INFORMATION
【住所】川越市郭町2-15
【FB】https://www.facebook.com/fujimiyaguraato/ 富士見櫓跡 御嶽神社 – おんたけさん
【参考】http://www.komainu.org/saitama/kawagoesi/ontake/ontake.html
‖ 仙波浅間神社(浅間神社古墳)
川越駅から1キロメートルほど。国道16号線傍にある仙波浅間神社。
毎年7月13日には、赤ちゃんや花嫁さんの健康を祈る「初山祭」で賑わいます。
墳丘に浅間神社のある小山は仙波古墳群のひとつで高さ約5m、周囲は42m。
6世紀の中頃のものとされています。
仙波浅間神社(案内板より抜粋)
仙波浅間神社は、康平年間(1058-1065)、源頼義が奥州征伐の途次に分霊したことに始まり、長禄元(1457)年に太田道灌が再営。永禄9(1566)年に北条氏の臣・中山角四良左衛門が再興したという。(中略)江戸中期、関東一円に浅間信仰が起こり、富士浅間神社を分霊した同神社には、近郷多くの村々が講を作り、寄進したことが石碑や柵石に刻まれている。(以下略)
冨士塚の本殿は溶岩を積み上げたもの。その両端を神の使いである猿が守ります。
本殿の背後には、富士山の噴火口を表した聖地。
初山に開運および安産などを祈願するものだそうです。
INFORMATION
【住所】川越市富士見町21-1
【参考】http://www.komainu.org/saitama/kawagoesi/huji/huji.html
‖ 岸町熊野神社
旧川越街道を岸町から新宿町2丁目・富士見町へと上がる坂道「烏頭坂」。
小高い丘があるので登山気分で登ってみると、
その頂にあるのが熊野神社。
そして、冨士塚ではなく御岳塚があります。
全国に1,300ある浅間神社の総本社である富士山本宮浅間大社。
そこに祀られているのが木花咲耶姫(このはなさくやひめ)。
岸町二丁目の山車に乗っている人形でもあるので「富士塚」巡りに加えました。
INFORMATION
【住所】川越市岸町2-21-7
【参考】http://kawagoematsuri.jp/dashi/25konohanasakuya.html (木花咲耶姫の山車)
http://www.komainu.org/saitama/kawagoesi/kumano_kishimachi/kumano_kishimachi.html
‖ 雀ノ森氷川神社(富士塚)
川越西口、ウェスタ川越の裏手でひっそりと佇む「雀ノ森氷川神社」
拝殿への参道の右手に「富士塚」があります。
頂(いただき)には溶岩で作られた雀ノ森浅間神社。
毎年9月1日には富士の山じまいの日としてお焚き上げが行われます。
昨年の様子はブログにアップしたのでご覧ください。
雀ノ森氷川神社(案内板より)
当地は古くは荒宿・新ヶ宿とも書き、荒野であったという。新河岸川と不老川に挟まれた台地上に位置する。(中略)。元は、金比羅三社権現と号していたが、江戸期に度々、関東に疫病が発生した際に、各地に須佐之男命を祀った時に当社も、その折に氷川神社と称したと思われる。
拝殿の左手には群馬県の「榛名山」の神を祀る榛名神社も。
本殿から見て裏手に当たる鳥居の先には、雀のレリーフが置かれていました。
INFORMATION
【住所】川越市新宿1-22-5
【参考】http://www.komainu.org/saitama/kawagoesi/suzumemori/suzumemori.html
‖ 今福菅原神社(富士塚)
ここから中心街を離れて郊外へ。まずは、今福にある菅原神社へと向かいます。
松平信綱が武蔵野新田の開発責任者として上奥富村(現狭山市)の志村次郎兵衛を任命。
志村氏が地元の梅宮神社を勧請して今福の鎮守として承応元(1652)年創建した神社です。
子供たちの健やかな成長を祈る「川越まつり囃子(春例大祭)」は毎年4月15日に開催。
拝殿を正面を見て左手に小高い丘が「富士塚」
草に阻まれた狭い階段を上がると富士浅間神社の祠があります。
神の使いである猿が2頭。それぞれ手には鈴と幣を持っています。
INFORMATION
【住所】川越市今福673
【参考】http://www.komainu.org/saitama/kawagoesi/sugawara_imafuku/sugawara_imafuku.html
‖ 豊田本白髭神社(富士塚)
尚美大学近くにあるのが豊田本白髭神社。
長禄元(1457)年室町時代中頃3月22日新井帯刀氏が白髭大明神が祀ったのが起こり。
滋賀県高松市にある白髭神社を総本山とし猨田彦命が祀られています。
鳥居のすぐ右手にある富士塚。
頂(いただき)にある浅間神社。すっかり風化した猿が祠を守ります。
INFORMATION
【住所】川越市豊田本1212
‖ 的場浅間神社(浅間塚古墳)
東京国際大学第2キャンパス近く。
閑静な住宅街に突如として現れる小山が「的場浅間神社」。
ここは、浅間塚古墳が「富士塚」となっています。
詳細は不明ですが、的場古墳群に位置するので時代は同じものと推測されます。
墳頂には「浅間宮」と刻まれた石碑がありました。
INFORMATION
‖ 安比奈八幡神社(富士塚)
安比奈親水公園近くにあるのが「安比奈八幡神社」。
詳細は不明で、境内社が幾つかあります。
その中の一つ。拝殿の左手奥にあるのが「浅間神社」
鳥居の先には「浅間神社」と「小御嶽神社」の石碑がありました。
INFORMATION
【住所】川越市安比奈新田23
【参考】http://www.komainu.org/saitama/kawagoesi/hachiman_aina/hachiman.html
‖ 笠幡浅間神社(富士塚)
笠幡のさつき通りを西に進む。車だったらおそらく見逃してしまいそうなところ。
民家と民家の間に突如という感じで鳥居が見えます。
こじんまりとした小さな社。その左手には川越市の指定記念物ヒヨクヒバ。
かなりの年月を感じさせる幹。
頂(いただき)には浅間神社の石碑が立てられていました。
INFORMATION
【住所】川越市笠幡1997
「富士塚」というキーワードで神社を巡ると、新たな発見もあって面白いですね。
次回は高階・南古谷・古谷地区を回ります。
取材・記事 白井紀行
INFORMATION
川越市の富士塚
【参考】http://fujisan60679.web.fc2.com/saitama.html