埼玉県最古級の方墳がこんな近くに!?〜三變土田稲荷神社〜

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小仙波付近を通りかかると紅い鳥居が連なっているのが目に飛び込んできました。

三変土田稲荷神社古墳

 

ここは三變土田稲荷(さんぺんどでんいなり)とあり、喜多院が所有する神社。

三變土田とは、「仏が不浄なる国土を三度変じて浄土としたこと」を指すそうです。

三変土田稲荷神社古墳

 

稲荷神社は小高い丘の上にあるのが分かります。

三変土田稲荷神社古墳

 

お社では赤い布をまとった2匹の白狐がお出迎え。

小さな鈴や賽銭箱と相まってとても可愛らしい感じの神社ですね。

三変土田稲荷神社古墳

ところで、竹箒が逆さになっているのが分かりますか?

これは喜多院の「三位稲荷」という伝説に由来しています(詳しくは、別の機会に)。

 

 

すでにピンと来た人もいると思いますが、この神社は古墳の上にあります。

三変土田稲荷神社古墳

 

三変稲荷神社・古墳

当古墳は、四半世紀後半(古墳時代前期)に、この地域の首長墓として築造された一辺約20メートル余りを測る方墳で、入間郡最古の古墳の一つとされる。近隣からは表採された鼉龍鏡(だりゅうきょう<鼉龍とはワニに似た想像上の動物>)と碧玉製石釧(へきぎょくせいいしくしろ<石製の腕輪>)は、呪術的な首長の権威の象徴として、畿内王権から下されたものである。古墳周溝からは、墳丘を囲うように樹立していた壷型埴輪が出土している。(案内板より、一部補足)

三変土田稲荷神社古墳

25メートル四方という話しもあって、これは、野球のダイアモンドより一回り小さい位。

長年の歳月を経たために方墳には見えません。

案内板には入間郡最古とありますが、埼玉県最古といっても良いようです。

 

稲荷神社の背後にはこの古墳のシンボルとなる立派な榎(えのき)があります。

そのため、別名、「榎の木稲荷」とも言われます。

榎の木稲荷

「三變土田稲荷神社(榎の木神社)」にはこんな伝説があります。

むかし喜多院に長い間住んでいた化け上手な白い狐が、正体を見破られたのでお寺を出ることに。白い狐は尊海僧正にお礼として化けている間、一言も声を出さないことを条件に2,500年前の釈迦が布教をしている姿を見せることにしました。けれども、目の前で展開されるその光景に尊海は思わず、「ああ、ありがたや南無阿弥陀仏」と声を出してしまいました。そのとたん釈迦の姿は消え、榎の木に登って化かしていた白い狐はもんどりうって落ちて死んでしまいました。尊海は白い狐を哀れみ、榎の木の下に亡骸をまつりました。それが、この「榎の木稲荷」です。(川越市教育委員会発行 川越の伝説 P22「榎の木稲荷」より

 

古墳の麓には色々な石が山積みになっていました。

墓石

 

石灯籠の頭でしょうか?

石灯籠

 

横倒しになっているのは墓石でした(^^;)

墓石

寛保二壬戌天/英光院秀月鏡智大姉霊位/八月九日

この年は、寛保の大洪水があったそうですが何か関係があるのでしょうか?

 

小江戸と呼ばれていますが、江戸より遥か縄文時代から時を刻んで来た川越。

少し歩くだだけで、直ぐに古代の世界にタイムスリップすることができます。

三変土田稲荷神社古墳

WRITER NORI


INFORMATION

三變土田稲荷神社

【住所】川越市小仙波町4丁目9

【HP】http://www.kawagoe.com/kitain/7wonders/story9.html (喜多院:榎の木稲荷)

川越市小仙波町4丁目9

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