挑戦し続ける、創業140年の老舗酒屋~長堀 真一さん(「川越角屋酒店」店主)~ 

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「酒屋は当然、継ぐものだと思っていました。」と話すのは創業140年の川越角屋酒店5代目店主 長堀真一さん。

川越角屋酒店さんは、西川越駅からほど近い地にあり、酒のディスカウントショップ「酒のマルケイ」として営業していました。
長堀さんが店長になり「ここちよいお酒。ここちよい時間。」をコンセプトにイベントスペースを併設した角打ちもできる酒屋、として生まれ変わりました。

長堀さんの家業を継ぐ意思は、かなり早い時期からはっきりしていたと言います。

大学を卒業する頃、ちょうど田崎真也さんがソムリエ世界一を取ったというニュースが世間をにぎわせていました。

 

「それを見てこれからはワインに違いないと、安易に思ってしまいました。(笑)それでフランスに留学したんです。どうせ将来は酒屋を継ぐのだからという気持ちもあり、就職活動にも身が入らないでいました。」

 

フランスでは、学生が働きながら学べる「スタジエ」という制度を利用して、ボルドーのワインショップで働いていました。しかしここで事件がおきます。

 

「いよいよワインスクールに入学!という直前に怪我をしてしまい、帰国を余儀なくされたんです。フランス語がちょっと上達しただけで、ワインの専門知識も得ることなくただ飲んで帰ってきたっていう感じでした」

 

断腸の思いで帰国後、フランスの食材商社に就職。当初はワイン部門を希望していたそうですが、製菓・製パン食材の営業を担当することになりました。

仕事は思いのほか楽しく、稼業はいずれ継がなければいけないという頭はあったものの、このままでいい、とすら感じ始めましたと言います。活躍の場がないと感じたワインとは少し距離を置くようになりました。

「30で結婚したんですが、うちの社長(父親)が、会社の人達の前で『(息子は)戻ってきて酒屋をやるんだ』と結婚式でカミングアウトしちゃったんです。あー、言われちゃったな~と思いました。そこから気持ちの整理をつけて一年ほどで会社を辞めました」

 

しかし、その当時から酒屋の売り上げは芳しくない状態。会社は40年も前からコンビニエンスストアも経営しており、まずはコンビニで店長として働くことになりました。

 

「本当はすぐにでも酒屋がやりたかったのですが、まずはコンビニで責任のある立場として経営の勉強しようと決心しました」

 

そこから約10年間、コンビニで誰にも文句を言われないように死に物狂いで働いたとしみじみ語ります。店舗数も増え、任せられる人もでてきたので、もういいだろうという思いが募ってきました。

 

「酒屋がなんとなく厳しいのはわかってはいました。ここ(酒屋)に来てみると、お客さんは全然来ていない、これはまずいんだろうなというのが手に取るようにわかりました。ただ、社長はまだ健在だし、自分はコンビニで責任ある立場上、勝手にコンビニで働くのを辞めて酒屋をやるとは言えなかったんです」

そんな折、二店目のお店の話が持ち上がりました。社長曰く、今の時代酒屋だけでは生きていけないということで、酒と同じで発酵させて作るパン屋もやろうという話になりました。

 

「猛反対しました。 僕はパン業界にいたので色々見てきたし、素人がすぐに初めてできるものじゃないです。機械にもお金がかかるし、借金も背負うことになる。職人さんがこだわってパンを焼くのではなく、売らんかなの商品のパンなんてすぐにお客さんにあきられて終わりだと思ったんです。もう任せてられないと思い、それがきっかけで酒屋に入りこみました」

 

そして、今年の2月、いよいよ本格的に角屋酒店の経営と店舗リニューアルにのりだしました。ディスカウントショップから脱却すべく、大きな店舗は半分にしてワイン売り場メインの新しい店舗デザインですでに話は進み始めていました。

しかし、これから自分で舵取りをしていかなければならないのに、自分の意見が入らないまま進められていく、その状況に違和感を覚え始めていました。残った半分の倉庫のようなスペースはイベントスペースにしたいと漠然とした思いもあったものの、誰にどう依頼していいのかもわからず、はっきりとしたイメージが浮かばないまま時間は過ぎていくばかり。そんな長堀さんに意外なところで転機が訪れます。

 

「うちはネット通販にも参入していたのですが、全く売れていませんでした。その状況を改善すべくネット通販会社に呼ばれて品川まで打ち合わせに出かけました。打ち合わせが終わって時間があったので、駅の構内の本屋にぶらっとはいったんです。そのときに何げなく手に取った雑誌をパラパラっとめくると、あっ!自分が探していたのはこれだ!と衝撃がはしりました」

 

それがその「ソトコト」の2月号「特集 地方のデザイン」
ここで取り上げられていたのは長野にあるReBuilding Center JAPAN*、通称リビセンさん(以下リビセン)の取り組みでした。

*「ReBuilding Center JAPAN」

https://www.facebook.com/ReBuildingCenterJAPAN/

http://rebuildingcenter.jp/

アメリカ・ポートランドにある建築建材のリサイクルショップに感銘を受け、信州諏訪で始まった「リビルディングセンタージャパン」。見捨てられていたものに、もう一度価値を見出し、廃材利用の文化をつくる。(事業構想より引用)

“いい空間ができればそこに人が集まって流れがうまれる。(中略)いい空間からうまれるうねりはまちに流れこんで、まちはすこし楽しくなる。そのまちにくらすひとたちが楽しくなって、訪れるひとも楽しくなって、そのまちを愛する人がまちの中に外に増えていく。”(medicala(メヂカラ)リビゼンを設立した東野 唯史さん、華南子さんのサイトより引用)

“リビセンの考え方は、古材や廃材を活かして、新しい命を吹き込むこと。人の気持ちをつないでいくこと。現場の雰囲気を大切にすること。” (長堀さんのブログ「酒屋の後を継ぎます。リニューアルします。」より引用)

 

この人たちがやっていることに間違いないという直感をたよりに、すぐにリビセンにコンタクトを取ったところ、間もなく先方より返信があり、リビセンがある諏訪に足を運ぶことになりました。そこでより深い確信を得た長堀さんは、すでに後戻りできないというくらい進んでいたリニューアル計画にストップをかけました。その後リビセンによる社長へのプレゼンが行われ、社内では始業前に従業員の方向けに意見交換のワークショップを開催。

 

「ワークショップでは意見を言うのも恐る恐るって感じでした。(笑)売れないっていうことがみんな(従業員)に染み付いちゃっていました。そこを払拭するためには、みんなでやらなければ、と思いました。僕が一人だけで頑張るとか、酒屋の息子がなんだか一人でやっているっていう雰囲気にはしたくなかったんです」

方向性も決まり、社長の承認もとりつけリニューアル工事はスタートしました。

しかし、すべて任せると言っていたはずの社長からは、やることなすことに口を挟まれ、手を出され、お互い言い合いになることも多くなりました。

 

「目的はお互い一緒なんです。だから険悪なものではなかったです。親子なのだし遠慮せずにぶつかり合うのは悪いことではないと思うようになってきました。社長とは世代も見ている先も違う、意見が違うのは当たり前です。社長の言っていることにうなずくばかりでは、後継ぎとしてはダメだろうと考えました」

 

リニューアル工事は業者さんに任せっきりにせず、みずから作業も行いました。

古材を使っていくらでもかっこいい空間を作ることはできる。でも作って終わりではつまらない、手を動かしその場に愛着をもってもらうことが大事というリビセンの考えに共感した長堀さんは、「ワイン棚に使う木箱作りワークショップ」「酒屋の壁に塗装ワークショップ」「ワインセラーに塗装ワークショップ」も開催。

終わったら恒例の1時間生ビール飲み放題付きのワークショップでした。

実は私も塗装ワークショップに参加しました。倉庫のように高い天井にJAZZのBGMが心地よく流れる中、壁にペンキを塗ってきました。終了後の生ビール(しかも瓶詰したばかり)は筆舌に尽くしがたいほど喉に爽快でした。ビールケースをひっくりかえした椅子に座り、ほろ酔い気分で参加者のみなさまと語り合ったひとときはまるでドラマのワンシーンのように印象に残っています。

実は、長堀さんには、酒屋の経営に乗り出す決意になったもうひとつの出来事がありました。

 

「去年ソムリエ試験に受かったんです。25歳のときワインをいったんあきらめて会社勤めをしていました。でも、ワインのためにフランスに行ったのに何もなってない、というのがずっと心に残っていました。酒屋をやるのだから、もう一度ワインに向き合おうと思い、これだけは絶対に一発で受かってやろうと決意して必死で猛勉強しました」

どことなくくすぶっていた気持ちが解消されてやっと、本来の場所に戻ることができ、スタートラインに立ったと実感。この世界で生きていくと腹をくくった瞬間だったそうです。

ソムリエとしては歩き始めたばかり、これからもどんどん勉強していきたいとのこと。

店内の大きなワインセラーには、日本とフランスの自然派ワインを中心に約200種類、常時1000本は置いてあるとのこと。ラベルもちょっと個性的なものが多いです。

特別な日にワイン、というのも良いですが、難しいことは言わずに普段気軽にワインを飲んでほしい、酒屋なら納得できるワインをリーズナブルに手に入れることができますと長堀さん。月に2本の「自然派ワイン頒布会」も予定しています。

店舗奥にある広いスペースは、物がたくさん積まれて無機質だった倉庫から一変。床板やカウンターには、様々な年輪とグラデーションをもつ古材がパッチワークのように使われており、懐かしくホッとする雰囲気に。そして壁は日本の伝統色の中から選んだ明るい青紫色に塗られ、古材との組み合わせによりとてもシックな空間になりました。高い天井は開放感があふれ、音も包み込むように柔らかく響きます。

店内に設置した本棚には長堀さんセレクトの「お酒」「食」「くらし」「旅」映画」「街づくり」の本を並べる予定。そして創業140年酒屋ならではの歴史を思わせる証の数々もディスプレイされました。リビゼンの古材も販売していきたいとのこと。

 

ここでは角打ちも毎日行われます。当面はワインと日本酒にしぼって提供予定です。代好評だったビールの量り売りもそのまま引き継ぎ、日本酒の量り売りも思案中だそう。ゆくゆくは食事やコーヒーも楽しめるカフェの要素も取り入れていければと語ります。

酒器も川越glass Art Blue Moonと岐阜県多治見市で作陶している作家さんのものを販売。角打ちの際、一部酒器でためし飲みができるそうです。

イベントは「フランス語で一曲歌えるようになる講座」「フランス人利き酒師による日本酒ワークショップ~日本酒とチーズのマリアージュ(仮)」「ワイン教室入門編(月2回開催)」などを企画中。また第二土曜日は新潟の稲作専門農家のまごころ村(https://magokoro3580.jimdo.com/)からお米の店頭販売も行います。

 

「『西川越にこのお店があってよかった』と言われるように、ささやかながらも地域活性化にも貢献していきたいですね」と長堀さん。

イベントや講座などの最新情報は、川越角屋酒店さんのFacebookやInstagramを是非フォローしてチェックしてみてください。


INFORMATION

川越角屋酒店

【住所】川越市小室503

 *アクセス :JR西川越駅から徒歩5分/川越市駅から15分。

【電話】049-242-1734

【営業】10:00〜20:00

【定休】水曜日

【HP】https://www.kawagoekadoya.shop/

【FB】https://www.facebook.com/kawagoekadoyasaketen/

【Instagram】https://www.instagram.com/kawagoekadoya/

川越市小室503