令和を迎え往時の姿を蘇らせた三芳野神社の竣工式

取材・記事 白井紀行

 

平成27(2015)年7月から始まった三芳野神社の保存修理工事。

4カ年をかけて漆・彩色の塗り直しが行われていたのがこの度完了。

5月26日(日)に竣工式が催されので伺ってきました。

 

プレイバック(保存修理前の様子)

こちらが塗り直し前の三芳野神社(撮影は平成22(2010)年5月)

平成元(1989)年〜3(1991)年度に木部修理と屋根葺き替えを実施。

漆・彩色は次期修理とされていたため、痛々しさを感じる姿でした。

 

拝殿を正面にして右側。漆が剥げて木の地肌が見え始めています。

 

工事中の様子(平成30(2018)年1月撮影)

 

工事中も参拝ができるようになっていました。

お参りすると「通りゃんせ」が流れる仕掛けがされていました。

 

工事の状況を撮影した写真が貼られていた仮囲い壁。

 

そして、竣工式を迎えた5月26日(日)の三芳野神社。

弁柄の漆と美しい彩色が施されて見違える姿になっています。

 

式典に先立って祭事が行われました

参列者、役員らが拝殿へ、その後、神職の方が入られます。

 

工事が無事完了したことを神様に報告する祝詞奏上。

 

20分ほどで祭事が終わりました。

 

氏子の案内で社殿の周りを見学する川越市長さんら。

 

三芳野神社について

ここでパンフレットから三芳野神社について紹介しておきましょう。

三芳野神社の創立は古く平安時代の始め、大同2(807)年とされています。

長禄元(1457)年、太田道灌により川越城が築城されると城内の鎮守として歴代城主の篤い崇拝を受けてきました。

社殿は寛永元(1624)年、徳川家光の命により、当時の城主酒井忠勝により造営され、後の明暦2(1656)年に修造されました。この時に江戸城二の丸東照宮の本殿が移築されたとされています(権現造りの姿となったのもこの時とされています)。

昭和30(1955)年、社殿が江戸期複合の権現造りとして県指定有形文化財に指定されました。

 

記者も一回りして見ました。

滅多に開けられることのない拝殿。中は黒漆が塗られているようです。

 

蟇股や彫刻も色鮮やかに塗り直されているのがわかります。

 

拝殿を正面に見て右手側。

 

裏手に回って本殿。弁柄の漆が外からの光を反射して美しい。

 

拝殿から見て左の側面は、川越城本丸御殿から来ると真っ先に見えるところ。

妻の金具も金箔が貼り直され煌(きら)びやかになりました。

 

氏子さんに教えられて気づいた末社の大黒社。

この日は扉が開けられ御本尊を拝むことができました。

 

向かい合う位置に蛭子社。

この二社も平成4(1992)年に県指定を受けています。

 

竣工式の式典が始まりました

時間になり竣工式の式典が始まりました。

 

来賓者、工事関係者、地元の代表者、協賛者らが席に着きます。

注)挨拶は録音から書き起こし編集したものなので文責は記者にあります。

 

修理工事委員会委員長、三芳野神社宮司 山田禎久氏

令和を迎えて感じたことは日本の歴史は積み重ねてきた年月そのものではない。

代々生きてきた方々が継承し、改まりを繰り返した結果だと思います。

三芳野神社も長い歴史の中で時代時代の方々が森を守り引き継いで来られました。

そして、節目には社殿を立て替えるなど改まりを繰り返し今に残してくれたもの。

これからもこの森が地元に親しまれ神様が守って下さるようお祈り申し上げます。

 

修理工事委員会の副委員長、芝浦工業大学教授 渡辺洋子様

平成8年から埼玉文化財審議会のメンバーでもある渡辺教授。

特に修理工事委員会の結束の固さがもっとも印象的だったそうです。

 

修理工事委員会の副委員長 川越市文化財審議会 山野清二郎氏

審議会を40年続けている山野氏。

三芳野神社で文明2(1470)年に「河越千句」が開かれたエピソードを紹介。

太田道真が心敬や宗祇を迎え、川越城内に連歌同好の関東武家を招いて興行した連歌。

通常は残らないのが「河越千句」は残り日本文学の貴重な文献になっている。

他にも文化的に貴重な物をたくさん所有しており重要な神社であると話しました。

河越千句については、こちらもご覧ください ▼

https://www.lib.pref.saitama.jp/stplib_doc/data/d_conts/kicho/syosai/014.html

 

川越市市長 川合善明氏

漆塗りと彩色が弘化2(1846)年以来であり往時の姿に蘇った喜び。

そして、国産漆を使った伝統的な方法で修理した工事業者への労い。

氏子らの尽力、修理事業に対して指導と多額への補助をした埼玉県の協力。

修理事業を支えた方々へ川越市を代表し感謝の意を述べられました。

 

埼玉県教育局文化記念課課長 案浦久仁子氏

社殿は江戸時代の初期の造り、安土桃山時代(1573〜1598年)に遡る装飾。

大変、歴史的価値の高い建造物で昭和30年に県指定有形文化財となりました。

平成から令和の時代に2回の大修理を経て素晴らしい姿に蘇らせられたこと。

三芳野神社を訪れて魅力に触れ、その価値を感じてもらえればと話しました。

 

株式会社文化財工学研究所 代表取締役 渡邊 保弘氏

時の鐘、川越城本丸御殿、古尾谷八幡神社などの修理を手がけてきた会社。

三芳野神社も平成の初期から業者として工事に携わってきたそうです。

不測の事態もなく無事に工事を終えられたことに感謝の意が述べられました。

同社のホームページはこちら ▶︎ http://www.bunkouken.com/

 

有限会社佐和漆工芸社 副社長 豊島幸氏

栃木県日光市に本社を置く会社で、歴史的建造物に携わるのは初めてだそう。

一番苦労したのは漆を乾かすことだそうです。

埃を嫌うのでシートをかけたり、温度が高ければ乾燥が遅くなるという苦労。

晴れの日を迎えてやっと肩の荷が降りたと話されました。

 

続いて、協賛した埼玉りそな川越支店、武蔵野銀行。

工事に携わった文化財保護研究所、佐和漆工芸社、電成社、田部井建設。

その他の方々に表彰状と記念品が贈呈されました。

 

祝賀の演奏

竣工式を祝う祝賀の演奏として童謡の合唱とお囃子を奉納。

女性合唱団フェリーチェ

平成27年に結成された女声合唱団フェリーチェ。

令和に至る今日まで歌い継がれてきた童歌を次の世代に繋ぐことも私たちの役割。

川越をこよなく愛する気持ちを歌に込めて歌わせていただきますと挨拶。

 

三芳野神社は「通りゃせん」の発祥の地。

川越の仙波山で生まれたという説もある「あんたがたどこさ」。

「ずいずいずっころばし」とともにこの2曲をメドレーで合唱。

 

最後は、「ふるさと」の合唱で竣工式を祝いました。

 

天神囃子連

三芳野神社の社務所を拠点に活動する天神囃子連の流派は芝金杉流。

川越まつりでは川越市の猩猩の山車や掛け屋台でお囃子を演奏。

 

この日はお祝いということで芝金杉流の中から目出度い演目。

 

川越まつりのお囃子とはまた違った演奏と猿の面をつけての舞。

 

参列者からも大きな拍手が送られました。

 

閉会の辞

修理工事委員会副事務局長の鈴木氏より閉会の辞。

平成元(1989)年は幣殿、本殿の床下の柱を全ての交換。

そして、平成27(2015)年からの工事では社殿の内外を漆塗り。

今度の修理は50年後になるでしょう。

三芳野神社は埼玉県、川越市の文化財、これからもきちっと守っていきたい。

今後とも三芳野神社をよろしくお願いしますと結びました。

 

大同2(807)年から、1,200年以上もこの地を見守り続けた三芳野神社。

平成の大修理で往時の姿を蘇らせ、次世代へと継承することができました。

令和という時代の節目を迎えた今、歴史を感じに訪れてはいかがでしょうか?


INFORMATION

三芳野神社竣工式

【開催】令和元年5月26日10:00〜11:30

【場所】三芳野神社(川越市郭町2-25-11)

【HP】川越市役所(三芳野神社)

【参考】https://hasiru123.exblog.jp/24767868/      事務局長 森脇氏のブログ

川越市郭町2-25-11