国際交流を肌で感じた一日〜第11回川越唐人揃い〜
11月15日(日)、前日の雨から一転、すっきりと晴れ渡った空の下。
この日蓮馨寺の境内は、色とりどりの衣装を来た人々、そして、様々な言語が飛び交いました。
恒例となった「第11回唐人揃いパレード」の開催です。

開会式を終えた後、朝鮮通信使を先頭にパレードに参加する各団体が中央通りに並びます。

川越唐人揃いについて
420年前に豊臣秀吉は15万人の兵を朝鮮に送り侵攻し交流は途絶えていました。
その後、徳川家康が国交回復に努力し、「朝鮮通信使」が派遣されるようになりました。
江戸時代には12回400~500名の大使節団が来日し外交や文化交流に大きな役割を果たしました。
先頭にいる榎本弥左衛門は江戸時代に生まれた川越の豪商で、6回目の朝鮮通信使を見物。
その感動を榎本弥左衛門覚書』に書き残しました。
その後、川越氷川祭りの練り物としてこれを真似た仮装行列の「唐人揃い」が始まりました。
しかし、この長く続いた人気パレードも明治に入ると行われなくなりました。
「唐人揃い」の記憶が人々から薄れたことや政府の政策も関係していたと云われています。
この「唐人揃い」は、これを現代に再現したものです。
参考:「今よみがえる川越と朝鮮通信使(「川越と朝鮮通信使」編集委員会)

パレードに参加する団体が蓮馨寺から続々と中央通りへと並びます。

日高からやってきたよさこいチーム「舞人(まいんど)」
小さな身体で大きな旗を操る姿に注目が集まっていました。

在日韓国人で日韓の架け橋となる活動をしている「民団埼玉」

各国の衣装を身につけているのは、「民族衣装」。国による色使いの違いも興味深い。

ずらりと並び出発を待つ「舞人」

朝鮮通信使が辿ったソウルから東京までの2000kmを完歩した「日韓友情ウォークの会」

同じ道のりを1ヶ月かけて自転車で走破した「自転車通信使」

夏まつりのステージや「狐宵祭」を行うなど、和装と狐を愛する集団「河越藩狐衆」

小江戸蔵里で3月に開催されたミニタイフェアでもお馴染み「埼玉県在住タイ人クラブ」

ひときわ賑やかな「埼玉エイサー隊」

中央通りを出発したパレードは、賑やかな演奏、華やかな衣装、そして踊りともに一番街へ。

まさにパレードに絶好の天気となりました。

川越のシンボル時の鐘も、このパレードを静かに見守っています。

バームクーヘンのノリスケさんと紅狐さんとの2ショット。応援に店から駆けつけました。

札の辻まで行ったパレードは、再び、折り返して、3ヶ所に分散します。

埼玉りそな銀行前では交流セレモニーが開催されました。

「和」という言葉が贈られ、

思いやること。同情。思いやりという意味の「恕(じょ)」が贈られ、

こども通信使からは、「かけはしになりたい」という言葉が贈られました。

仲町駐車場前では「埼玉民団」によるパフォーマンスが披露されました。

蓮馨寺では各国の料理や雑貨の販売、マッサージなど居ながらにして世界旅行気分♪

歌や踊りの披露。

ブラジルの奴隷達が練習していた格闘技、音楽、ダンスの様子が合わさったカポエイラ。

さて、場所は変わって大正路漫夢通り。パレードの帰路はこちらを通ります。

韓国の市民合唱団や在日コリアンの方々と歌を通じた交流をする「平和の翼コーラス」。

鳴子とともに一糸乱れぬ踊りを見せる「舞人(まいんど)」

「埼玉エイサー」は、沖縄物産のお店「真南風(まはえ)」でパフォーマンス。

店長の新井さんも出て来て、しばし、沖縄の風が吹きました。

蓮馨寺の境内に集結するパレードを終えた参加者ら。

境内は国際交流の和やかな雰囲気に包まれます。

閉会式、蓮馨寺の粂原住職の挨拶。

「おたあジュリア」は、秀吉の侵攻で連行された朝鮮女性でキリスト教信仰を貫く。

いよいよフィナーレ、全員が輪になって踊り「多文化共生」の思いを伝えます。


こうして、国際交流を肌で感じた「唐人揃い」は幕を閉じました。

取材・記事 白井紀行
INFORMATION
第11回 川越唐人揃い/国際交流フェスタ
【日時】平成27年11月15日(日)10:00〜16:00
【場所】蓮馨寺にて開会式〜蔵造り通りパレード〜蓮馨寺にて交流広場
【HP】https://toujinsoroi5-kawagoe.amebaownd.com/








