川越の新名所、明治の香りを今に伝える200坪の日本庭園〜丹徳庭園〜

取材・記事 白井紀行   川越市駅から徒歩4分。川越市駅入り口交差点にある旧六軒町郵便局の洋館。 現在は1Fがイタリア料理「ベニーノ」、2Fがタイ料理「ランマイ」となっている建物。 昭和2(1927)年に「カワモク本部事務所」として建てられました。   カワモクは明治2(1869)年に「丹波屋」として材木商を創業したのが始まり。 「丹」の文字は初代の鈴木徳次郎が修行した材木商「丹青」からの暖簾分け。 明治9(1876)年に、丹波屋徳次郎を略して屋号を「丹徳」に変更。 洋館の対面にある木造2階建ての建物がある場所が創業地となっています。 (現在の建物は2代目の鈴木徳次郎氏が昭和4(1929)年に建てたもの)   母屋の奥には、初代が明治34(1901年)に建てた離れと日本庭園があります。 5月28日から「丹徳庭園」として公開が始まったと聞き伺いました。 (カワモクが150周年を迎えるにあたっての記念でもあるそうです)   明治時代に造られた200坪の日本庭園 こちらが明治34年に建てられた離れ。 玄関左手の壁は公開に合わせて富士山を模した装飾が施されました。   彫刻が施され丁寧な造り。120年を経ても歪みがないのは材木商たる所以。   庭園へと続く飛び石。   道中に設けられた水琴窟。   やがて枯山水の庭園が目に広がります。   井戸から溢れる豊富な水。   岸を目指すのはたくさんの財宝を積んだ宝舟。   山水の風景を石と砂を用いて縁起の良い絵姿を表しています。   川に架けられた飛び石を渡ると「寿徳明神」の鳥居と祠が見えます。   明治31(1898)年に初代徳次郎氏が京都の伏見稲荷で正一位稲荷大明神霊を頂いたもの。 以来120年間祀られてきました。   200坪の庭園はぐるりと一周できるよう飛び石が敷かれています。   すっくりと伸びた木々が美しい。     立体的に配置された石や木々。どこにカメラを向けても絵になります。   手前は2代目の徳次郎氏が植えたクスノキ、奥は初代が植えたケヤキ。 二つの記念樹が寄り添うようにそびえ立つ。   向こう側に離れが見えてきました。川からはせせらぎが聞こえてきそう。   いいところを見つけるとついつい夢中になってシャッターを押してしまう。 こんな風に思う存分、日本庭園が撮れると楽しくて色々と勉強になります。 案内していただいた奥様によると絵を描きに来る人もいるとか。   今は木の葉の緑が眩しいですが、秋の紅葉も見事でしょうね。 春夏秋冬訪れて、その季節の移り変わりを感じたいものです。   明治時代に造られた離れで抹茶体験 立派な離れも見学することができます。   床の間には禅語で「喫茶去(きっさこ)」と書かれた掛け軸。 誰に対しても分け隔てなく「お茶をどうぞ」と真心で接することを意味します。   丹徳庭園では初めての人でも気軽に楽しめる抹茶体験ができます。 (数に限りがあるので、前日に予約を入れておくと確実です) 手順が写真付きで示されており自分で抹茶を点てていただきます。 現在、英語版も作成中とのこと。どんな風に訳されるのか興味がありますね。   作法として、はじめにお菓子をいただく。   奥様が茶碗に抹茶を入れ、お湯を注ぎます。   ここから先の手順、抹茶を点てるところからの体験。   泡立てるのが結構難しく、お手本を見せていただきました。 昨年、小・中学生向け茶道体験を取材したのに一切覚えていないのが悲しい(T^T)   2階は1組限定でランチがいただけます 離れは2階建てで、こちらでは1組限定でランチを提供する予定。 いまは工事中ですが特別に中を見せていただきました。   内蔵もあって鏡のように磨かれた黒漆喰の壁を見ることができます。   旧家らしく2階へと上がる急な階段。   蔵造りの特徴である折れ釘とツブ。こんな間近で見るのは初めて。   部屋に入れば、一斉に目に飛び込んでくる庭の緑。   今日(6月15日)に民泊新法が施行されました。 こちらの部屋も今後「民泊」としての利用も考えて準備中なのだそう。 日本庭園を眺めて朝を迎えるなんて素敵ですね。   鈴木家の洋館を拝見させていただきました 鈴木家の母屋の脇にある木造モルタルの洋風の応接室。 川越市駅から交差点を通りかかる時に目につく建物です。   取材ということで、特別に中を拝見させてもらってびっくり。 まるで金田一耕助の映画のセットのよう(語彙が貧弱で申し訳ない!)   格子の間から母屋の様子も垣間見ることができます。 造り付けの堂々とした金庫が当時から繁栄してきたことを物語ります。 オープンしたばかりで周知はこれからとのこと。 訪れる人も少ないので、今ならじっくりと枯山水の庭を散策できます。 特に離れから見る庭は素晴らしく、ずっと眺めていても飽きません。 来年は平成から次の年号へと変わり、さらに遠くなっていく明治時代。 当時の香りを伝え続ける日本庭園に、是非、お立ち寄りください。 INFORMATION 丹徳庭園 【住所】川越市六軒町1-8-2 【電話】049-224-9115…

現代アートが歴史ある街の空間を演出し魅力を引き出す〜プレ蔵と現代美術展2018(出品&実行委員募集中)〜

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川越まつりが終わりいよいよ秋深まる平成29年11月。 札の辻ポケットパークに突如出現した巨大な靴に何事かと驚く街の人々。 瀬島匠氏の「RUNNER 安全靴」 11月3日〜23日に開催された「第5回蔵と現代美術展2017」の作品の一つ。   川越市内に点在する「蔵」という空間に「現代美術」と一体として展示して活用する。 これにより「蔵」と「現代美術」の魅力を広め、地域コミュニティとの連携を深める。 地域の活性化の一助とするために始まったのが、この「蔵と現代美術展」です。   次回は、平成31年ではなくて(元号何になるのかな?)元年に開催予定。 そのPRとして今年の11月17日〜25日開催されるのが「プレ蔵と現代美術展2018」 5月31日まで展示作品を公募しており、展示会場の下見会が5月12日に行われました。 「普段は入れない場所にも入れる」と聞きつけ記者も同行してきました。   「蔵と現代美術展」実行委員会事務局の代表であり現代美術作家の田村優幸氏。 資料が配布され本日の行程を説明。 「プレ展2018」で予定されている展示会場は、次の通り。 【屋内展示】仲町観光案内所、小川長倉庫(A、B)、中正屋美術館、神田畳工、中市本店、木元設計事務所、亀屋本店袖蔵、旧山崎家別邸。 【屋外展示】本丸御殿中庭、札の辻ポケットパーク、大蓮寺本堂、時の鐘奥のスペース、観音寺境内、風凛、旧山崎家別邸跡地。 本日は川越城本丸御殿以外の展示場を回っていきます。   こちらが、昨年「もっこ館2F」に展示された田村さんの作品「風韻(創世)」。 扉を開けると外光に照らされて作品が浮かび上がって来たのが印象的でした。   小川町倉庫(A・B)<屋内展示> 初めに向かうのは札の辻ポケットパーク近くの「小川町倉庫(元町2-5)」   大正時代に建てられた2つの蔵を倉庫として利用。 この奥は「らくだプラザ川越元町第1駐車場」となっています。   左手にある倉庫Aを内覧。中に入るとひんやりと涼しい。   目測で30畳位の広さで2階建の高さ。このスペースを1人(組)で占有できます。   昨年は天井まで届く大きな絵画(小林裕児氏作「谾」)が展示されました。   こちらは右手にある倉庫B   天井は倉庫Aと比べて低く、20畳ほどの広さがあります。   木元設計事務所…

日光東照宮の流れを汲む精緻な彫刻屋台とぶっつけパワーに酔いしれる〜鹿沼市彫刻祭り〜

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JR川越線的場駅を利用した時にふと手にしたこちらのチラシ。 豪華絢爛な屋台が目を引く、栃木県鹿沼今宮神社祭の屋台行事「鹿沼の秋祭り」。 川越まつりと同時期にユネスコの「山・鉾・屋台行事」の33件の1つに登録されました。 まつりは10月ですが、市政70周年記念で4月29日に特別公開されると知り出かけました。   川越から大宮→宇都宮と乗り継いで2時間半ほどでJR鹿沼駅に到着。 駅舎は鹿沼市の名産である木工と彫刻屋台の意匠を取り入れているそうです。   バスも出ていますが、会場の「まちの駅 …

町の人の思いが江戸時代からの伝統の舞を未来へと繋ぐ〜石原のささら獅子舞(2日目)〜

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取材・記事 白井紀行   石原ささら獅子舞2日目(4/15) 朝から雨がしとしと、雨天でも石原公民館内で演舞はすると聞いてました。 家を出るタイミングをしばし待っ…

笛の音や太鼓とともに獅子が戯れ川越に春の到来を告げる舞〜石原のささら獅子舞(1日目)〜

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取材・記事 白井紀行 4月14日(土)7時30分、石原町公民館は朝から賑やかな声が聞こえます。 今日は埼玉県指定文化財ともなっている「石原のささら獅子舞」の演舞の日。 …

年長者から若手そして子供たちへと伝承していく町の記憶〜石原のささら獅子舞〜

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取材・記事 白井紀行   川越の春を代表する祭礼「石原のささら獅子舞」。 川越市石原町で江戸時代から300年以上続き、埼玉県無形民俗文化財に指定。 4月の第3土日(隔年の陰祭りは日のみ)に行われ、今年は4/14〜15となっています。   昨年の陰祭りの記事が縁で、今年は準備段階から取材させていただきました。 http://koedo.info/170421ishiharashishimai/ 勉強会 演舞の練習は本祭りの3週間前の3/25(日)から、石原公民館で行われます。   笛の音とともに踊りの確認が始まりました。   演舞の練習は初めから最後まで通して行われます。   一挙一動を教えられるのではなく、一連の流れを見ながら体で覚えていく。   特にくるりくるりと舞いながらの独特の足の運び。これがなかなか難しい。 足を動かすのが背一杯で、太鼓を叩くところまで手が回りません。   これから2週間、本祭りに向けてベテランから若手への指導が続きます。   揃い 本祭りを6日後に控えた4/8(日)は、本番直前の最後の練習日。 9時からは獅子頭や衣装・備品・道具類のチェックに当てられます。   簓と呼ばれる竹製の楽器を奏でる簓っ子(天女)の頭上に冠る花絹蓋。   花絹蓋には吉野桜と日輪、月輪が飾られています。   金色の中獅子(雌)を物珍しげに触る子供たち。   獅子の胴体にあたる水引の取り付け。   獅子頭の下顎の部分に穴があり、そこに針を通して縫い付けていきます。   背中にあたる布の縫い付け   雄の獅子である先獅子と後獅子には角を取り付ける。   獅子はヘルメットのように冠るのでなく稲わらを叩いたものを詰め込んでおく。 獅子を演じる人は頭に座布団(クッション)を付けてから冠ります。   こちらは獅子が踊りながら打つ太鼓の調整。   ポンと甲高い音を出すのではなく、石原のささら獅子舞では低めにするそう。 縄の締め具合を変えながら3つの太鼓の音も微妙に変えておきます。   道具に残された昔の記録 太鼓を分解しているとバチで叩く面の裏側に何やら文字があるのに気づきました。 昭和3年の昭和御大禮(即位の礼・大嘗祭を合わせたもの)の記念のようです。   「うちのお祖父さんの名前がある」と指差していました。   ささら獅子舞について記述された資料を役員の方に見せていただきました。   大正14年に日本青年会館の落成記念にささら獅子舞を明治神宮に奉納したもの。   木箱の側面にそのことが記されていました。   さらに猿田彦(天狗の面)を収めている木箱の裏。 ちょっと長いですが、石原のささら獅子舞の歴史を振り返りましょう。  石原町のささら獅子舞は、慶長12年(1607)年に石原町にある観音寺の観音祭において悪魔降伏、災難消除のために行われたのが始まり。以来、これを例祭と定めて毎年3月18日(暦の改正により明治初年後は4月18日に変更)に演舞することになり川越城でも演じられていました。  ところが、川越城主であった酒井忠勝公が、獅子舞の演技を愛好されるあまり、寛永11年7月に若狭国(福井県)小浜城主へと鞍替えとなったときに三頭のうち雌雄二頭を携えて行ってしまったために中断していました。  75年後の宝永6(1709)年に高沢町の材木商井上家(こちらでは、水村甚右エ門)から獅子頭が寄進されて再び復活し現在なお継承されています。 小浜市では雲浜獅子舞として伝承されており、川越ささら獅子舞がその故郷である縁で姉妹都市となっており、その後も文化交流が続けられています。   獅子3…

江戸の世で川越人が交流した面影を今に残す〜桜を楽しむ会-菜の花と文学碑と〜

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取材・記事 白井紀行   春らしいうららかな陽気に包まれた4月1日の日曜日。 川越シルバー人材センターが主催で「桜を楽しむ会」が開催されました。 このツアーには年ごとにテーマがあり、今年は「菜の花と文学碑と」となっています。 江戸とは舟運で繋がっており、江戸の文化が直接入ってくる立地にあった川越。 川越藩も歌会を奨励し、毎月のように歌会が開催されていたのだそうです。 市内各所には歌会の開催を記念した「文学碑」があるのですが知られていません。 今回は「文学碑」を桜と共に巡り、当時の川越の文化レベルに触れていきます。   案内をするのは赤いブレザーでお馴染みの観光ガイドの皆さん。 本日は400名を超える申し込みがあったそう。   お客様を迎える前に事前ミーティング。実行幹事の青木さんからの諸連絡。 グループごとの振り分け人数や前日に調べた現地の様子などが伝えられます。 歌については、解釈が様々なので断言はせず個々のガイドに任せるのだそうです。   受付が始まりました 受付時間の9時半になりツアーの参加者が続々とやってきました。 400人もの人を捌くので交通の妨げや点字ブロックを踏まぬよう案内していきます。   渡された資料には、本日訪れる句碑、歌碑分の一覧が記載されています。   それでは出発! 記者は青い旗を持つ観光ガイドの石山さんが率いる20人ほどのグループに参加。   参加者がデッキに滞留しないよう準備が整ったところですぐに出発です。   長徳寺 川越駅から20分ほど歩いて到着したのは長徳寺。   平安時代の豪族「仙波氏」の館跡。創建は喜多院とほぼ同じと言われています。   境内には檀家さんが建てた句碑があちこちに。   長徳寺には何度か訪れているはずなのに句碑があるのは初めて気づきました。   長徳寺のすぐ先にあるのは「川越観音」。   階段下の祠には戦争中に弾除けの利益があるとされた「サムハラ」様が祀られてます。   ほどなくして16号線と新河岸川が見えてきます。   精進場橋からは一直線に伸びる新河岸川。両岸には桜と菜の花の競演が見られます。 「川越の蔵の黒漆喰は菜の花から取れる菜種油のススなんです」とガイドの石山さん。 ガイドさんからそんな知識を知るのもこのツアーの楽しみ。   別のガイドさんは、「菜の花畑に…

なんとか今週末まで散らないでぇ!〜川越さくら開花速報〜

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取材・記事 白井紀行   3月は三寒四温どころか気温の変動が激しかったですね。 3月21日(水)には積もりはしませんでしたが雪まで降ってびっくり! 最近では寒暖差で体調が優れないことを「春バテ」というんだそうです。 さて。「春が来た!」と最も実感があるのが桜の開花情報。 例年なら3月末から4月初旬に満開ですが、この気候で桜も戸惑っているようです。 市内各地の開花の様子を24日と25日に自転車で回れるだけ回ってみました。   吉田公園(東洋大学近く) 上戸から県道114号線を鶴ヶ島方面へ。小畔川の側にある吉田公園。 24日の時点では、まだ、3分咲きくらいでしょうか?   河越氏所縁(ゆかり)の地を訪ねて 上戸日枝神社 上戸には平安時代末期の武将「河越太郎重頼」に所縁のある場所が数カ所あります。 上戸日枝神社は、河越氏が京都の「新日吉社」を勧請し代々鎮守として崇めた神社。   普段は訪れる人も少なく静かな境内が、桜の季節はピンク色に染まります。   5分咲きというところですね。   国指定史跡河越館跡 河越氏の居館跡。今は一部が公園として整備されています。   切り絵作家「百鬼丸」先生の「河越重頼」の作品がはためいていました。   常楽寺 河越氏館跡の一角にある常楽寺は、河越氏の持仏堂が基となったとされます。   境内には河越重頼、その娘で源義経の正室となった京娘(郷御前)の供養塔。   供養塔のそばに見事なしだれ桜があります。   山門の入り口、六地蔵が並ぶお堂の上にも桜が植えられています。   小ケ谷の桜づつみ 東武東上線の霞ヶ関駅と川越市駅を結ぶ入間川橋梁。 川越市駅側の堤防は「小ケ谷の桜づつみ」として整備されています。   こちらは日当たりが良いせいでしょうか?7分咲き位でした。   川越大師喜多院 川越でお花見を楽しむなら、筆頭に上がるのが川越喜多院。     四季を通して美しい景観が楽しめますが、春は格別です。   来週が満開だろうと予定を立てていた人がほとんどなのでしょう。 いつもは花見客が一杯の境内もシートを敷く人はチラホラという感じです。   しだれ桜はこの日が満開でした。   成田山川越別院 喜多院のすぐ近くにある「成田山川越別院」   境内には桜が一本植わっています。   本堂横の池では、縁に沿ってぽかぽか日差しを受けて亀がのんびりと甲羅干し。   池のほとりにある水掛不動尊。お賽銭のおりんが思いがけず良い音がしました。   水を掛けると陰影が強調されて怒りがさらにましたように見えます。   川越市中央公民館 三久保町にある中央公民館の桜は4分咲きというところでしょうか。   ここからは25日の桜の様子です。 六塚稲荷神社 普段はあまり目立たない菓子屋横丁近くの六塚稲荷神社も桜化粧。   川越氷川神社・誉桜(ほまれざくら) 川越氷川神社の裏手、新河岸川の誉桜も川越の桜の代名詞。   暖かな日差しを受けて7〜8分咲き。 みなさん、橋の上で入れ替わり立ち替わり写真を撮っていました。   4月1日に舟遊が行われますが、一足早く、舟が行き来していました。   青空をバックにすると、桜のピンクがさらに映えますね。   田谷堰 桜並木を眺めながら新河岸川をブラブラと歩いた終点が田谷堰。 レトロな木製のゲートが桜とマッチして美しい景色を作り上げます。   新河岸川に沿って初雁公園にやってきました。川岸に桜が連なります。   川越本丸上御殿 東日本では唯一と言われる本丸御殿   そこにいたる道路の左右に桜並木が出迎えてくれます。   初雁公園 川越城本丸御殿から三芳野神社を抜けたところにある初雁公園。   大きな枝を広げて桜が咲いていました。   伊佐沼の湖畔 市内からちょっと足を延ばす。自転車なら10分くらいで伊佐沼に到着。 こちらの湖畔も桜の名所。   初夏には古代蓮が咲くエリアは、水が抜かれていて底が見えていました。   仙波東照宮 伊佐沼から再び中心街へと戻ってきました。 昨日、開花の様子を見に来た喜多院と隣接する仙波東照宮。   日曜日、祝日は正門が解放され中に入ることができます。   川越城主「松平伊豆守信綱」が植えたとされるエドヒガンザクラ。   無量寿寺…

300年伝承されて来た悪魔払いの神事〜芳地戸(ほうじど)のふせぎ〜

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取材・記事 白井紀行   川越市笠幡にある「さざんか通り」という愛称を持った市道。 県道川越日高線と平行し、沿道には1,000本以上のサザンカが咲きます。   …