川越の農産物を知ろう買おう味わおう〜第2回川越のおいしいそろいました&カレーなる闘い〜

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雲ひとつなく日差しに恵まれた12月10日(日)。 ウェスタ川越で第2回「川越のおいしいそろいました」が開催されました。 川越産の農産物と、それを使った食べ物・飲み物などが集結したこのイベント。 年間700万人の観光客を迎える川越ですが、古くから農業も盛んなところです。 そんな一面を周知して川越産農産物のブランド化を目指します。 第4回彩の国カレーなる闘い…

川越にまた新たな歴史が刻まれる瞬間〜祝・新河岸駅橋上化整備事業完成記念式典〜

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供用開始前(平成29年11月25日) 東上鉄道(現在東武東上線)が開業した大正3(1914)年に高階駅として開設。 その2年後に「新河岸駅」と改名。103年の歴史を刻んできた駅が生まれ変われます。 駅舎が建て変えられるとともに東口が開設され、12月3日から供用が始まりました。 その1週間前の1月25日(土)の既存駅舎の様子です。 新駅舎の使用開始のポスターがあちこちに貼られていました。 新河岸駅ホームから東西を繋ぐ自由通路の西口側を望む。 3本の線路を跨いでその先に新しい西口が設けられます。 こちらが新たに設けられた西口への自由通路。線路を2本跨ぐ長さです。 駅ホームから新駅舎への階段。 エレベータも新たに設けられていました。 川越方面側には上り方向のエスカレータが設けられています。 既存駅舎を歩いてみる こちらが長年、住民の皆さんが利用してきた既存駅舎への階段。 この通路を利用できるのもあと1週間あまり。 新河岸駅の1日の乗車人数は約1万1千人。 階段を降りて家路に着くときのホッとした気持ちが染み付いているようです。 新駅舎に移転することを知らせる掲示がされていました。 改札を出て目の前に広がる駅前商店街は、降り立つたびにどこか懐かしい風情。 右に折れて川越方面に歩いていけば、 新駅舎の西口が全貌を現します。 少し離れて西口を見てみたところ。写真なのに建築パースを見ているよう。 地下道のタイル絵 既存駅舎は西口のみだったので、東側に出るには踏切を渡るしかありませんでした。 あるいは、池袋の地下道をくぐることになります。 新河岸駅の地下道には素敵な壁画とタイル絵が描かれています。 東側の壁には、大正2(1913)年頃の新河岸側の船着場を描いたタイル絵。 こ地下道を東から西を見たところ。 西側の壁には昔の川越街道の様子。 江戸と川越を結ぶ交通ルートである水路と陸路の歴史が鉄路の下に刻まれていました。 地下道をくぐって出てきた東側。 川越方面に向かうと新たに開設される東口に到着。 東口は12月2日から利用できるようになりますが、駅前広場は引き続き整備中。 来年の3月まで工事が行われ、タクシーやバス乗り場、ロータリーなどが設けられます。 川越市の掲示板にも12月2日の記念行事を知らせるチラシが貼られていました。 記念式典当日 すっきりと晴れた12月2日。新河岸駅に新設された西口広場で記念式典が行われました。 当日配布された資料によるとこの整備事業が推進されたのは昭和42(1967)年。 50年の歳月を経ての完成に地元の方の喜びも一入ではないでしょうか。 新駅舎は、舟運問屋の格子デザインを取り入れ、和のティストを随所に盛り込んだもの。 地元の方々を始め大勢の人々が見守る中、 完成を祝うテープカットが行われました。 新駅舎のバリアフリー化の体験。 式典に参加した人たちによる自由通路の渡り初め。 真新しい階段に足を踏み入れます。 自由通路の昇降から西口広場を見たところ。 新しい建物の特有の匂いを感じながら、ゾロゾロと東口へ。 改札内はまだ工事中。改札機があるべきところはまだ土台だけしかありません。 自由通路から川越方面を望む。 改札口を出た正面の壁には「新河岸早船引札」の壁画があります。 こちらは自由通路の昇降から東口を望んだところ。 ロータリーの一部が完成していることがわかります。 スタンプラリー 記念行事のひとつとして新河岸駅周辺を巡るスタンプラリーが開催されました。 スタンプラリーの用紙を求めて並ぶ参列者でごった返す本部。 1,000枚用意したのが秒殺でなくなりました。 スタンプは全部で5箇所。 新河岸駅駅前通りを歩いて、駅前入り口「254セブンイレブン駐車場」 高階小学校北門入り口 地下道西口出入り口 新河岸駅東口自由通路階段入り口 自由通路を渡って再び西口広場の本部前へ。 記念乗車券をゲットです! 記念演舞 西口広場では、新河岸太鼓会によるオープニング太鼓で記念演舞がスタート。 続いて、五ツ又・藤間保存会による祝い神輿3基。 御神輿はロータリーを回ったあと、駅前通りを盛り上げました。 その後、居囃子、中学校演舞、ブラスバンド、盆踊り、川越舟歌で完成記念を祝いました。   12月3日(供用開始) 12月3日(日)、自由通路に続いて駅舎の供用も始まりました。 既存駅舎への階段は昨日の終電の後に閉鎖されました。 真新しい橋上駅舎。写真左側の赤・緑・青のカラフルな枠はトイレ。 柔らかな甘い香りは壁面に植えられた花々。 改札機は新品ではなく、どうやら既存駅舎から移設させたもののようです。 だから昨日は土台しか無かったんですね。 新河岸駅の案内。点字も刻印されておりバリアフリー化されています。 西口への自由通路。写真で見ると結構距離があるように感じます。 こちらは東口への通路。券売機もこちら側にあります。 自由通路から昨日まで利用されてきた既存駅舎を眺める。 閉鎖された既存駅舎へ 既存駅舎の方へ回ってみました。券売機はシャッターが下ろされています。 昨日、閉鎖したばかりなのに随分と時が経ったような様相。 閉鎖された駅舎に一瞬茫然となる乗客もいて、駐輪場の係りの人が案内していました。 「記念の写真を沢山撮っといてくれや」。 これまで人々の暮らしの風景だった駅がその役割を終え、新しい駅へとバトンタッチする。 また、川越に新たな歩みを始めた瞬間です。 取材・記事・編集 白井紀行(旧駅舎共用前後)&kawa(記念式典写真) INFORMATION 新河岸駅橋上駅舎完成記念行事 【開催】平成29年12月2日(土)10:00〜15:00 【場所】東武東上線新河岸駅(川越市大字砂914-5) 【HP】http://www.city.kawagoe.saitama.jp/shisei/toshi_machizukuri/machizukuri/shingashieki_seibi/shingashi120171125.html

かわごえ産業フェスタを沸かせたチアリーディングへ直撃インタビュー!〜その元気の源を探る〜

11月12日、ウエスタ川越で行われた「かわごえ産業フェスタ2017」の屋外ステージにおいて、50名ものチアリーダーが華麗なパフォーマンスを披露し、会場を盛り上げました。 どうして、チアリーダーが川越に?? チアリーダーといえば、様々なスポーツ応援に欠かせない存在です。 2020年東京オリンピック・パラリンピックにおいて、ゴルフ競技の会場となった川越。 その川越を盛り上げる!ことを目的に、3つのチームが産業フェスタに集結しました。   SPLENDORS(スプレンダーズ) 元NFLチアリーダー堀池薫子さんを講師とした20代から60代!までの応援活動が大好きなチーム 小江戸川越キッズチアベリーズ 地元川越で活躍するキッズチアチーム   Platinum(プラチナム)チアリーダーズ 「命尽きるまで細く長くチアを続けよう」を合言葉に、様々なライフステージの女性が活躍するチーム 今回は、スプレンダーズとプラチナムの皆さんにお話を伺うことができました。   ― 改めまして、かわごえ産業フェスタお疲れさまでした!この屋外ステージには、どのようなご縁でご出演が決まったのでしょうか。   プラチナム(以下プ):遠方ではあるのですが、東急東横線で横浜と川越が1本に繋がったことをご縁に出演のお声がけをいただきました。関内と川越で相互協力している記事もあり(※)、運命的なものを感じ、絶対に出て盛り上げたい!と思いました。   スプレンダーズ(以下ス):いくつになっても元気をお届けしたい!と頑張っている60歳前後のメンバーを中心に声をかけていただきました。   ― 今回、横浜・関内を中心として活動されるプラチナムさんが川越に来ていただいたことで、路線だけでなく、心も1本に繫がった気がします(笑)。 ※関内と川越への結びつきについては、カワゴエ・マス・メディアの記事でも紹介しています。 http://koedo.info/170724kannai/   ― 関内や都内から参加してくれましたが、初めてのかわごえ産業フェスタはいかがでしたでしょうか   プ:はじめての参加という事でメンバー一同緊張していましたが、皆さまとても温かく迎えてくださり嬉しかったです。キャラクターたちがかわいらしくパフォーマンス中盛り上げてくれたのも感激しました。   ス:初めての産業フェスタは地元の人たちもステージの人たちもとても楽しそうで温かい雰囲気でした。食べ物のお店はお手頃価格で、ついたくさん買ってしまいました。地方から出店しているお店(小浜市など)もあり、川越限定ではないところも今後どんどん発展しそうで楽しみです。 ― スプレンダーズさんにお伺いしますね。産業フェスタ当日に、還暦の誕生日を迎えられた方がいました。60代の方は何名いるのですか? ス:還暦組は3名ですが、還暦予備軍の50代は3名です。その下の40代の還暦予備予備軍は3名(笑)。本当に20代から60代まで一緒に練習してま〜す!!   ― 20代と一緒に練習!しかし、皆さんのパフォーマンスは全く年齢を感じさせませんでした。ちなみに、皆さんは何歳からチアを始めたのでしょうか、 ス:(皆さん口々に)50歳になってからです。   ― なんと!20代でもスポーツから離れる人がいる中、個人的にも見習わせていただきたいチャレンジ精神です。ちなみに、皆さんはどうしてチアを始めようと思ったのでしょうか。   ス:たまたまチア大会のニュースを見ていた時に、3秒ほどですが、大阪のビューティーベアという60才ぐらいのチームが映っていたのを見たことがきっかけです。チラッと見ただけなのに 「これ、やりたい!」って思いました。   ス:私の場合は50歳健診の結果運動不足による数値の悪さが露呈したため、まずは体操でもと軽い気持ちで参加させていただきました。初回、体操が終わりやれやれと帰ろうとしたら、何やら手旗信号のような動きが始まり、まごまごしているうちに曲に引きずられ、あたふたもがくことに。 今思えば、"体操"と思っていた部分はアップ(準備)の時間だったのですね。 その後は先生やチームメイトの温かいお人柄に支えられ、笑いながら声を出して応援するチアダンスの爽快感にはまっております。身体のためもありますが、脳活にもなります。 ― スプレンダーズの皆さんは元NFL堀池薫子さんに師事されていますが、チアを始めるにあたり、いちなり一流の方に習うことに躊躇や不安はありませんでしたか?   ス:NFLチアリーダーはとにかく狭き門、ということ位しか知らなかったので、正直先生は厳しいのでは・・・?とすごく緊張して体験レッスンに行きました。 でも、先生だけでなく他の生徒さんまでもが優しく温かく受け入れてくださり、レッスンにはみんなの笑顔やチアが好き、という気持ちが溢れていて、迷わず入会を決めました。   ス:.スプレンダーズのメンバーは先生大好きが集まったチームです。何よりレッスンが楽しくて、素敵!先生の笑顔で自分も元気になれる!先生はメンバー1人1人が輝いてもらいたいという気持ちをいつも持ってレッスンしてくれ、先生のレッスンをずっと受けたくて老体に鞭打ってチアを続けてまーす!   ― レッスンに参加される前は不安だったという声もありますが、実際に参加されると「楽しい!」という気持ちのほうが大きいのですね。 演技の中では側転も披露していましたが?元々側転などはされていたのでしょうか。   ス:チームには子どもの頃できた側転なら今もできるという者もおります。最近になって体操教室でバク転を習っている60歳メンバーもいます。 60歳でバク転が披露できたら凄く盛り上がりますね! ― 続いてはプラチナムさんにご質問です。かわごえ産業フェスタ当日、観客席でお子さんが応援されていましたが、お子さんがいるメンバーは何名くらいいらっしゃるのでしょうか。   プ:産業フェスタ当日は11名中8名がママでした。全体だとメンバー約50〜60名のうち約半数がママです。もともと子供がいるメンバーもいれば、プラチナムに入ってから結婚、妊娠、出産をするメンバーも増えています。 ― 11名中8名も!現在女性の社会進出のために、女性の妊娠・出産に対する環境整備や理解促進が課題としてある中、出産を経験しながら輝く場を持てることは素敵ですね。 しかし、イベント等はお子様と一緒に参加することが多いのでしょうか?また、大変なことはありますか。   プ:子供と一緒で大変なことは時間通りに進められないことです。周りや他のメンバーに迷惑をかけてしまわないよう意識して行動することが大変に感じます。   先日、同じくウエスタ川越の会場でも、お子さんが泣いても大丈夫という「ベビーカーコンサート」が行われました。このような取り組みが増えると、お子さんがいる女性ももっと色々なことに興味を持ち、積極的に参加することが出来ますね。 http://koedo.info/171030babycarconcert/   ― …

落ち着く空間でエスプレッソはいかが?~HILL PINE’S ESPRESSO~

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大正浪漫夢通りに10月7日にオープンしたエスプレッソのお店。 木の温かみが感じられ、コーヒーのいい香りが漂う素敵なお店にうかがってきました。 — コーヒーのお店(エスプレッソの)を開こうと思ったきっかけをおしえてください。 「10年くらい前からエスプレッソ専門店をやりたかったんです。山小屋をコンセプトに、仕事などに疲れてしまった人や、新しいことを始めたい人を送り出すような仕事、そんな場所を作りたかったんです。そういった思いを込められる飲み物にエスプレッソは合うなと思い、あまり大きく広いのは嫌だったので小さいのを作ろうと思ったんです」 — コーヒーはもともと好きだったのですか?   「元々すごく好きでした。都内ではエスプレッソを出してくれるお店をまわったりしていて、おいしいエスプレッソを作りたいなと思いました」   — 川越で開こうと思ったのは、どういうきっかけがあったのですか? 「最初から川越でと決めていたわけではなかったんです。大宮や浦和なども見ていましたが、よく行くお店の方に『川越なんてどう?』と言われて来てみました。その時に前のお店が閉店セールをしていて、そのあとすぐに行った不動産屋さんで『今日からだそうと思ってたんです』と言われて、決めました。始めてみて思ったのですが、人通りもあり文化もある、カルチャーの発信源になりそうだなと感じました。同じ年代くらいの人で盛り上げられそうな地域だったんだと思いました」 —…

挑戦し続ける、創業140年の老舗酒屋~長堀 真一さん(「川越角屋酒店」店主)~ 

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「酒屋は当然、継ぐものだと思っていました。」と話すのは創業140年の川越角屋酒店5代目店主 長堀真一さん。 川越角屋酒店さんは、西川越駅からほど近い地にあり、酒のディスカウントショップ「酒のマルケイ」として営業していました。 長堀さんが店長になり「ここちよいお酒。ここちよい時間。」をコンセプトにイベントスペースを併設した角打ちもできる酒屋、として生まれ変わりました。 長堀さんの家業を継ぐ意思は、かなり早い時期からはっきりしていたと言います。 大学を卒業する頃、ちょうど田崎真也さんがソムリエ世界一を取ったというニュースが世間をにぎわせていました。   「それを見てこれからはワインに違いないと、安易に思ってしまいました。(笑)それでフランスに留学したんです。どうせ将来は酒屋を継ぐのだからという気持ちもあり、就職活動にも身が入らないでいました。」   フランスでは、学生が働きながら学べる「スタジエ」という制度を利用して、ボルドーのワインショップで働いていました。しかしここで事件がおきます。   「いよいよワインスクールに入学!という直前に怪我をしてしまい、帰国を余儀なくされたんです。フランス語がちょっと上達しただけで、ワインの専門知識も得ることなくただ飲んで帰ってきたっていう感じでした」   断腸の思いで帰国後、フランスの食材商社に就職。当初はワイン部門を希望していたそうですが、製菓・製パン食材の営業を担当することになりました。 仕事は思いのほか楽しく、稼業はいずれ継がなければいけないという頭はあったものの、このままでいい、とすら感じ始めましたと言います。活躍の場がないと感じたワインとは少し距離を置くようになりました。 「30で結婚したんですが、うちの社長(父親)が、会社の人達の前で『(息子は)戻ってきて酒屋をやるんだ』と結婚式でカミングアウトしちゃったんです。あー、言われちゃったな~と思いました。そこから気持ちの整理をつけて一年ほどで会社を辞めました」   しかし、その当時から酒屋の売り上げは芳しくない状態。会社は40年も前からコンビニエンスストアも経営しており、まずはコンビニで店長として働くことになりました。   「本当はすぐにでも酒屋がやりたかったのですが、まずはコンビニで責任のある立場として経営の勉強しようと決心しました」   そこから約10年間、コンビニで誰にも文句を言われないように死に物狂いで働いたとしみじみ語ります。店舗数も増え、任せられる人もでてきたので、もういいだろうという思いが募ってきました。   「酒屋がなんとなく厳しいのはわかってはいました。ここ(酒屋)に来てみると、お客さんは全然来ていない、これはまずいんだろうなというのが手に取るようにわかりました。ただ、社長はまだ健在だし、自分はコンビニで責任ある立場上、勝手にコンビニで働くのを辞めて酒屋をやるとは言えなかったんです」 そんな折、二店目のお店の話が持ち上がりました。社長曰く、今の時代酒屋だけでは生きていけないということで、酒と同じで発酵させて作るパン屋もやろうという話になりました。   「猛反対しました。 僕はパン業界にいたので色々見てきたし、素人がすぐに初めてできるものじゃないです。機械にもお金がかかるし、借金も背負うことになる。職人さんがこだわってパンを焼くのではなく、売らんかなの商品のパンなんてすぐにお客さんにあきられて終わりだと思ったんです。もう任せてられないと思い、それがきっかけで酒屋に入りこみました」   そして、今年の2月、いよいよ本格的に角屋酒店の経営と店舗リニューアルにのりだしました。ディスカウントショップから脱却すべく、大きな店舗は半分にしてワイン売り場メインの新しい店舗デザインですでに話は進み始めていました。 しかし、これから自分で舵取りをしていかなければならないのに、自分の意見が入らないまま進められていく、その状況に違和感を覚え始めていました。残った半分の倉庫のようなスペースはイベントスペースにしたいと漠然とした思いもあったものの、誰にどう依頼していいのかもわからず、はっきりとしたイメージが浮かばないまま時間は過ぎていくばかり。そんな長堀さんに意外なところで転機が訪れます。   「うちはネット通販にも参入していたのですが、全く売れていませんでした。その状況を改善すべくネット通販会社に呼ばれて品川まで打ち合わせに出かけました。打ち合わせが終わって時間があったので、駅の構内の本屋にぶらっとはいったんです。そのときに何げなく手に取った雑誌をパラパラっとめくると、あっ!自分が探していたのはこれだ!と衝撃がはしりました」   それがその「ソトコト」の2月号「特集 地方のデザイン」 ここで取り上げられていたのは長野にあるReBuilding…

泣いてもぐずっても大丈夫〜ベビーカーコンサート in 川越(第6回)〜

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台風が近づき雨足が徐々に強まってきた10月22日(日)、ウェスタ川越小ホール。 小さなお子さんを抱えたお父さんやお母さんが次々と受付を済ませていきます。 今日は「泣いてもぐずっても大丈夫」「0才からOK」の子育て支援コンサート。 ここ川越では5回目の開催となる「ベビーカーコンサート」です。 主催は和光市に拠点を「みにこん会」。代表の櫻井幹三に始めたきっかけを伺いました。 小さな子どもがいるお父さん、お母さんにはなかなか行き場がない。 2〜3歳から一流の音楽に触れさせて耳を肥えさせたいと思っても、 そもそもほとんどのコンサートでは乳幼児は入れない。 この状況を打開できないかと考えていたら和光市から文化振興のために何かできないか? と相談され、5年前から始めました。 当初は実際にベビーカーを持ち込んでいましが、回を重ねるごとに観客は増加。 いまでは、開催の案内をすればすぐに満杯になるくらい盛況だそう。 和光市、川口市、さいたま市、朝霞、練馬、そして川越市で通算40回以上を数えます。 今後、さらに依頼が増えてきており、まさに引っ張りだこの状況です。 この日の出演は、ピアノが佐藤佑美さん(左)、声楽が間瀬田紗代さん(右)。 いずれも東京芸大出身で第一線で活躍されているプロの方。 このベビーカーコンサートの趣旨に賛同して皆さん快く引き受けてくれるのだそうです。 回によってチェロやパーカッションなど楽器は様々。 同じ曲を演奏しても楽器で雰囲気が違う。そんなところも楽しみの一つです。 ウェスタ会場の小ホール(リハーサル室)。 壁際に一列椅子が並べてはありますが、観客はレジャーシートを敷いて座るスタイル。 椅子席だと大人の背中しか見えないが、これだと子供が立てば目線が同じになる。 お父さんもお母さんも子どもも皆んなリラックスして楽しむことができるのだそうです。 台風のせいか2〜3割のキャンセルはありましたが、それでも100人近くが来場。 ステージに座ったり、むずかる子もいたりしてザワザワとした雰囲気。 佐藤さんのピアノに乗せて間瀬田さんがソプラノを響かせの1曲目。 サウンドオブミュージックのオープンニングが始まると静まり返る場内。 続いては、サウンドオブミュージック「全ての山へ登れ」 英語の歌詞にも関わらず聞き入る子どもたちの様子が印象的です。 2曲目を歌い終わったところで挨拶。 アンケートでミュージカルの曲をというリクエストをもらってプログラムを組みました。 途中で飽きちゃわないように手遊び歌や絵本歌を入れたりします。 40分なかに12曲。話になるとぐずってしまうので、MCは最小限に抑えるのだそうです。 続いては、童謡。この季節にぴったりの「真っ赤な秋」と「紅葉(もみじ)」 お父さん、お母さんも一緒に歌います。 今日はお父さんの声がよく聞こえますね。そんな言葉に促されて、2曲目はより大きな声に。 歌に合わせて自然に体が揺れます。 次は体を動かします。「おかあさんのおひざ」という歌。 子供を向かい合わせに膝に乗せて、歌に合わせて体を揺らしたり 体を密着することで子供たちが安心する気持ちが伝わってきます。 今度は選手交代。お父さんの膝の上で「バスにのって」というテンポの良い曲。 右に曲がりますといった歌詞に合わせて、体を右や左に傾けたり凸凹道で体を揺らしたり。 ゴーゴーっというフレーズに合わせて、グーにした右腕を突き上げる! オズの魔法使いよりオーバーザレインボー この頃になると飽きるお子さんも出てきたよう。 でも、声をあげてもぐずっても構わない雰囲気が温かく、むしろ心地よく感じます。 小さなお友達は前に!とスタッフの声がかかり、腹ペコ青虫の絵本が始まりました。 日曜日の朝に生まれた青虫。 ピアノの軽快な音楽に合わせ、月曜日はりんごを一つ、火曜日は梨を2つ食べました、、。 それでもお腹はペコペコと歌う。 土曜日はチョコレートケーキ、アイスクリーム、、食べ過ぎた青虫はお腹を壊してしまう。 日曜日に美味しい葉っぱを食べ、青虫は大きく成長した青虫はやがて蛹に。 素敵な蝶になりました♪ 本自体にも穴が空いてたりと仕掛けがあるのですが、人形を用いることで楽しく演出。 床でハイハイ。お父さん、お母さんも子供をあやしながら楽しんでいます。 「お野菜のうた」、20番まであって、今日は、トマト、パセリ、ニンジンの3曲 カラオケに合わせて、トマトさんと呼べば「ハーイ」という返事も返事もしてくれます。 歌詞の中には、それぞれの野菜の食べ方や栄養素も盛り込んだ以外と難しい歌でした。 シャルウィダンスの歌が始まると、 マラカスが配られ始めます。 当初は小さな鈴がついたものを使って、回収したら鈴が無くなっていて大騒ぎに。 子どもが飲み込めない大きさで、舐めたとしても洗えば綺麗なるという衛生面。 そんな理由でマラカスにしたのだそうです。 小学校のお姉さんもお手伝い。 歌に合わせてシャカシャカという音が会場に広がります。 アンパンマンの歌を歌いますの声に、ワーッと子供たちのテンションが上がる。 勇気りんりんではアンパンマンたちが登場。 曲に合わせて子供たちはマラカスをシャカシャカ。 お父さん、お母さんも子供たちと一緒に歌いだします。 最後は「となりのトトロ」から「さんぽ」全員で会場内を歩く。 歌のお姉さんの元気な歌に合わせて、皆んなで散歩。 体を動かすことで気分がほぐれ、楽しい気持ちでエンディングを迎えました。 日本の少子化の原因に経済的なものもありますが、安心して子育てできる環境も重要。 こういった活動を通して、お父さんやお母さんの居場所を作っていきたい。 インタビューの中で語っていた、そんな櫻井さんの想いがとても印象的でした。 取材・記事 白井紀行 INFORMATION ベビーカーコンサート…

台風を吹き飛ばす熱い戦い!ウェスタ川越 KOEDO お笑いグランプリ vol.3【決勝大会】

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超大型台風が本州に接近し雨降る10月21日(土)ウェスタ川越。 人を笑わせたい、プロのお笑い芸人と同じ舞台に立ちたい、プロを目指す方などのための戦い。 第3回KOEDOお笑いグランプリ決勝大会が開催されました。 出演資格はアマチュアであれば、漫才、コント、モノマネなど笑いのジャンルは問いません。 9月10日(土)にウェスタ川越のリハーサル室で予選会が行われました。 http://koedo.info/170915owaraigrandprix/ 32組から厳正な審査を勝ち抜いた10組のなかから優勝者が決まる。 開場の1時間前から並んでいる人もいて、この日を楽しみにしている人も多いよう。 14時開場、扉が開くと同時に多くの観客が前へ。 1,000人ほどが座れる1階席。前の方から続々と埋まっていきます。 青空球児・好児師匠ら審査員が着席。 明るく都会的な曲とともに登場。司会は予選会に引き続き「千葉チューセッツ」の二人。 右側の伊藤さんは川越市出身で、先週の川越まつりが雨だったことに触れる 「今日はいい天気で」「いや台風来ているでしょ」と笑いを誘う。 ウェスタ川越、柏瀬明彦館長による開会の挨拶。 「観客の皆さんにも投票権がありますので厳しい目で審査していただきたい。 台風を吹き飛ばすくらい楽しんで笑ってもらえればと思います」 続いて、審査員の紹介。 球児師匠「自分達も漫才師なので人に点数をつけたくはないが、一生懸命やらしていただきます」 好児師匠は、ウェスタ川越の会場の立派さに感激されていました。と挨拶。 テレビ埼玉アナウンサーの鈴木崇広氏。 日本テレビお笑いスター誕生を企画立案されたTVプロデューサの加藤敏男氏。 恋のからさわぎなどのバラエティ番組を制作されてきたTVプロデューサの川口浩也氏。 夕刊フジ「東西・今週のご推笑」を連載中の演芸評論家…

野田五町の八幡太郎の山車に2日間密着しました〜川越まつり2017②〜

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川越まつりの1日目、夜が深まるにつれ「曳っかわせ」も盛り上がってきました。 少し進めば次の山車に出会うラッシュ状態。 ユネスコ無形文化遺産に登録されたことを記念した幟。 旧江戸町(大手町)の「鈿女の山車」との「曳っかわせ」 提灯を持った若手らの「ぅお〜、おっ、おっ、おっ」という掛け声がうねります。 ますます盛り上がりを見せる川越まつり 山車が行き交い、大勢の観客でごった返す中心街。 野田五町の山車は、そろそろ戦線離脱。 賑やかな街中を後に、帰路につきます。 1日目も無事に終えられそうで、どこかほっとした表情。 中金前でジャッキアップして90度ターン。 中心街ではまだまつりは続く。山車が行き交い出会えば「曳っかわせ」。 そんな熱気を微かに感じながら暗い夜道をソーレ、ソーレと山車は行く。 六軒町の会所の前を通り過ぎ、 川越市駅入り口まで来ました。 帰りも再び難関の踏切渡り。保線区の方も待機されています。 お囃子の人も全員山車から降りて踏切を渡るタイミングを計ります。 下り電車が通り過ぎ踏切が開いた。すかさず山車を走らせます。 山車に搭載しているWebカメラからの映像 渡りきったとほぼ同時にカンカンカンと警報機。 ソーレ、ソーレ。野田神社が近づくにつれ山車の引き手も増えてきました。 山車を待ち構える町内の方々。 「お!山車が見えてきたぞ!」と声が上がります。 パチパチパチと温かい拍手がさざなみのように広がりました。 山車カメラの映像からも町内の人たちが出迎えている様子が伝わります。 囃子台をくるりと野田神社へ。神様に無事の到着を報告し、お囃子を奉納。 長い1日お疲れ様でした!明日に備えて山車は蔵の中で一眠り。   2日目…

野田五町の八幡太郎の山車に2日間密着しました〜川越まつり2017①〜

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10月14日(土)川越まつり初日。この日までずっと天気予報とにらめっこしてヤキモキ。 傘をさすほどでもない空の下、野田神社では朝囃子が始まりました。 好評の「川越まつりライブ配信」。今年も野田五町の山車から。その2日間に密着します。 野田五町の山車は10時に出発して町内引き。それまでに、ライブ配信の準備を進める。 PCやWi-Fiルータを接続して配信開始!…