日本三大奇襲のひとつ川越夜戦の地で猫と戯る〜東明寺〜

.Share on Facebook0Tweet about this on TwitterShare on Google+0

観光客で賑わう一番街商店街をさらに北へ。

それまでの喧噪が嘘のように静まったところに、ひっそりと東明寺の参道があります。

東明寺

時代を感じる川越市志多町という看板。

東明寺参道

東明寺の近くにはこんなモダンな外観の建物も。

東明寺参道

川越の歴史を語る上で欠かせない東明寺。

知名度とは裏腹に割とこじんまりとしたお寺です。

東明寺山門

境内に入るとまず目につくのが「川越夜戦跡」の大きな石碑。

背後には、秋に美しく色づく大銀杏。

川越夜戦跡

川越夜戦については、入り口にある案内板に説明があります。

川越夜戦跡

川越夜戦跡

 天文6(1537)年の戦いで北条氏綱に川越城を取られた扇谷上杉朝定は、再びこれを奪還すべく山内上杉憲政、古川晴氏と連合して総勢8万余騎を持って、天文14(1545)年10月に川越城を包囲した。

一方、福島綱成の率いる城兵は、わずか3,000人で立てこもっていたが、翌年(天文15(1546)年)春には既に兵糧も尽きて非常な苦戦に陥っていたところ、北条氏康が8,000騎を率いて猛攻撃を開始し、これに呼応して城兵も城門を開いて打って出たので東明寺寺口を中心に激しい市街戦となった。

多勢を頼んで油断しきっていた上杉・古川の連合軍は、北条氏の攻勢に耐えられず散り散りになって末山口に向かって敗走を始め、この乱戦のなかで上杉朝定は討死にし、憲政も上州に落ちのびたと伝えられている。

敵に比べて問題にならないくらい少ない兵力で連合軍を殲滅したこの夜戦は、戦略として有名である。

川越夜戦跡

歴史を感じさせる本堂

東明寺本堂

境内社の稲荷諏訪天満宮三社

稲荷諏訪天満宮三社

東明寺についても案内板から。

 東明寺は、時宗(開祖一遍上人)の寺で稲荷山称名(いなげやましょうみょう)院東明寺と称し、本尊は虚空蔵菩薩である。

お寺の位置は、川越台地の先端が水田地帯に接する北の端にある。この辺りからは、新河岸川を境として川越の町の北側を入間川を主流とする分流が幾筋も流れ、水田地帯を形成しており、古くからこの穀倉地帯を領する多くの武士団が存在した。

東明寺は、こうした土豪の1人河越氏の庄園の東側に連なる広い寺領を有していた。その寺領は、東明寺村、寺井三か村、寺山村などに及び、広大な境内を有して、その惣門は今の喜多町の中程にあったと伝えられる。

このことから、喜多町の古名を東明寺門前町と称したと言われている。天文15(1546)年4月に戦われた上杉、北条軍の川越夜戦は、一名東明寺口合戦といわれ、この地の要路松山街道を含んだ東明寺寺領と境内で争われたものである。

東明寺

当時は、今の様子から想像もつかないくらい、広大な境内だったんですね。

ご本尊は、「虚空菩薩像」で本堂に安置されているので普段は見ることができないようです。

名前の由来は、智慧と福徳を大空(=虚空)のように無尽蔵を持っているとのことから。

今は学問と福徳を授ける菩薩で、丑寅の人の守り本尊。毎月13日が縁日です。

虚空菩薩像

本堂脇にある四面塔。

3面に2体のお地蔵様が、残る一面にはこれを造立した縁起が彫ってあります。

四面塔

境内に訪れる人を静かに見守っています。

四面塔

‖ 猫と戯れる

ふと気付くと石碑のところに二匹の猫

猫

割と人懐っこく、カメラやスマホに興味津々(笑)

猫

境内をところ狭しと駆け回り戯れる2匹の姿に癒されました。

猫
厳島の戦い、桶狭間の戦いと並び「日本三大奇襲」の一つに数えられる川越夜戦。

案内板にはありませんでしたが、川越夜戦は4月20日ともうすぐです。

ぜひ、一度、訪れてみてはいかがでしょうか

※猫はいつもいるとは限りません(笑)


INFORMATION

東明寺

【住所】川越市志多町13-1

【電話】049-222-5556(川越市観光案内所)

川越市志多町13-1

コメントは受け付けていません。